17の夏
今からもう30年も前の17の時の夏の夜・・・・・
俺は地元高校の同級生のヒサオと命からがら夜の住宅街の道をバイク二人乗りで逃げていた。
追っ手は白いマークII ワゴン満載の悪名高い地元の大学空手部の連中だ。
ヒサオが手を出したバイトで知り合った年上の女子大生がその空手部の主将が惚れていた女だったのだ。
横恋慕された空手部主将がキレた。
男の独占欲と嫉妬は深い・・・・・
地元ではバカ田大学と呼ばれその中でも汗臭い体育会系の連中はモテなくて日頃から女日照りで貴重な女を取られたとキレた。
ヒサオが手を出した美奈子は女子大生にあるまじきプロポーションを持つ魔性の女であちこちの学生、教授、助教授、バイト先の男、既婚のおっさんと分け隔てなく関係を持ち浮き名を流していた。
俗に言うその地区で有名なヤリ○ンって子である。
その男の中にその空手部野郎がいて熱を上げていた。
薄々美奈子の素性は知ってはいたがいずれ他の排除し自分の女にしようとしていた折に高校生の分際のヒサオの存在を知り頭に来て激昂してヒサオを呼び出した。
明らかに制裁を加える気満々である気配を感じたヒサオは動揺したわけである。
俺は巻き込まれた形であった。
女の事で揉めてヤバい事になっていてそいつと話つけなきゃいかんから立ち会って助っ人になってくれと言われ、どうせどっかの高校生のヤンキーだろうと高をくくって付いて来た俺は自分のお調子者加減を呪った。
相手が評判の悪いバカ田大学空手部の猛者達じゃ到底勝ち目は無い・・・・・
呼び出された現場から俺たちは小型バイクで夜の道を逃げ出した。
二人乗りじゃスピードも出ず到底逃げ切れるものでないが、歩道走ったり逆走したり信号待ちの車の列の脇を路肩走行して通り抜けたり車が乗り入れにくい路地を通って何とか巻いたはいいが家までは遠い・・・・・
どの道走っていても鉢合わせしそうな恐怖・・・・・往来を走る事が晒されているようで怖い。
追い詰められたネズミのようだ。
深夜営業の喫茶店に身を潜ませたのはいいがドキドキものであった。
追われる身としてそこらの人気の無い造成地なんかでヤツらに捕まりたくない。
何されるかわかったもんじゃない・・・・・
人の目のある場所で安全を保ちたいのだ。
公衆の場じゃ無茶は出来まいという防衛本能が働くようだ。
でもそんな安全地帯は深夜の町では逆に目を引くようですぐに見付かってしまった。
ダイナー形式の喫茶店のガラス窓の向こうに現れたやや旧型の白いマークII ワゴンは白い亡霊か悪霊のように店の前にぴったり停車してこっちを威嚇している。
さすがに店では暴れられないので俺たちが諦めて出て来るまで待つようだ。
持久戦の兵糧攻めである。
落ち着くためタバコをやたら吹かす俺たち・・・俺のセブンスターもヒサオのマイルドセブンもすぐに無くなる・・・・・
どうすりゃいい???
ボコボコにされる・・・いやもしかしたら殺される・・・・
ワゴン車の中には5人・・・・・アホ大学の空手部員・・・マッチョ・・・・脳味噌も筋肉で出来ているような嗚呼!!花の応援団の青田赤道みたいな連中だ。
こっち高校生2人・・・・・ヒサオはヒョロッとした痩せ形でなんちゃってヤンキー・・・
女にゃ手が早いけど喧嘩じゃ手が出ないスケコマシ男・・・・「ジゴロのヒサオ」
戦力外・・・勝てない・・・・・
土下座しても無事に済みそうにない気配濃厚・・・・・
絶対絶命状況下である。
誰か助っ人を呼ぶか・・・・・
誰がいい・・・
いざという時に頼りになりそうなヤツは思い当たらない・・・・・
自分の人脈の薄さが露呈される。
相手が同等のヤンキークラスなら何とかなりそうだけど何するかわからないような空手部員達である。
そこでヒサオが店の備え付けの公衆電話で助けを求めたのは兄貴の知り合いだと言う加藤と言う人物だった。
当時はまだ携帯も無い時代・・・テレカだってそんなに普及していない。
ガシャガシャ投入するコインが俺たちのライフラインである。
幸いその加藤と言う人物は在宅中で白いクレスタに乗ってやって来た。
20代中半と思われる加藤はパンチパーマに派手なシャツ、異様に焼けた素肌に金のネックレス、金の怪しいローレックスに指輪・・・・・はだけた胸元と袖の端にチラチラ顔を出す入れ墨・・・明らかに堅気ではない・・・始終ニヤニヤしている不気味な男・・・・
あらかた事情を聞いている加藤は怯えるヒサオに慣れた様子で外で待っている空手バカを呼んで来いと命じた。
変な洋モク吸いながらニヤニヤ俺を観察している。
ヒサオに絡み付くように店に入って来た空手部主将は加藤を見ると事情を察したようであった。
店の中の空気が加藤によって重い・・・
加藤はまずワシは中川(仮名)の所に出入りしているモンやと地元では有名なヤ○ザ事務所の名を挙げた。
加藤は急に大人しくなったその扁平顔の主将をテーブルに座らせ「コイツはワシの旧いダチの弟だから今回の事はワシの顔を立てて引っ込め」というような事を言った。
全然関係無い見知らぬ加藤の顔を立てる義理はまったく無くて筋違いである。
納得出来ない主将は何かゴニョゴニョ口籠りながらも自分の立場を説明し抵抗を試みたのだが加藤に「あん?何か言ったか?」と言われ沈黙した。
完全に加藤に飲み込まれていた。
結局俺たちはヒサオの兄貴の友人と言う加藤に救出されたわけだった。
空手野郎達は渋々白いマークII ワゴンで去ったのだが、残った加藤にお前ら幾ら持っていると聞かれ夏休みのバイト代の残り1万づつ取られた。
今から思えば加藤は正式に杯を貰ったヤクザではなくて誰かヤ○ザ事務所の兄貴分にくっ付いている使いっぱのチンピラだったのだろう。
それでもそのヤ○ザ事務所関係者と名乗った効果は大きいのでそんなやり方であちこちの些細なトラブルに鼻を突っ込み金を巻き上げて小遣い稼ぎしていたようだ。
自分では「仲介業」と名乗っていた。
何かあったらまた呼べと言いながら店を出ようとした加藤に恐縮しながら申し訳ないですが加藤さんのアイスコーヒーはご自分で払っていただけないでしょうか?と言うのは勇気がいった。
一瞬ギロッと睨んだ後に「お前らおもろいな〜わかったわかった」と自分のレシート掴んでレジに向かった加藤の背中見た時に初めて自分らは助かったと実感したのだった。
残った小銭1円5円掻き集めて自分らのコーヒー代を支払って店を出た時は既に夜空は白み出していた。
2万で助かったのだがそれが高いのか安いのかわからずそそくさと逃げるように家に帰った。
今からもう30年も前の17の時の夏の夜・・・・・息子と同じ歳の頃・・・
一つ修羅場をくぐり抜けた夜だった。
それから5年後俺は大学進学し上京していた。
地元の廃車置き場の車の中で加藤の死体が見つかったと聞いた。
時代はバブルを迎えようとし地上げ立ち退き騒動が世間を賑わせていた。
そんな中加藤は上の組織に利用された後トカゲの尻尾切りのように殺されたのかも知れない。
チンピラ加藤が小金稼ぎしようと鼻を突っ込むには桁数が違ったのだ。
ヒサオから1万円は返してもらってないけど加藤への香典だったと思っている。
地方都市の県立高校に通っていた。
まったく好きになれなかったその高校は市外の郊外にある田舎臭い県立高校だった。
入学当初は市内からその郊外に行く、これまた垢抜けないデザインのバスに乗って通っていたのだが、そのうちバスのある駅までが遠回りなので自転車で直接直通で通い出した。
市内でもかなり郊外の自宅から更に郊外の市外へ毎日通う・・・
中学までは未知の世界の山あり谷あり田んぼあり畑ありの田舎の風景・・・・・
田舎屋の民家の前には切り干し大根なんかが網の上に干してあったりして絵葉書の世界・・・・・
小学校の時は校舎の窓から、あちらの方には一体何があるんだろう?なんて思っていた未開の地だ。
それでも天気季候の良い日は中々気持ちの良い通学だった。
元々窮屈なバスやら電車は苦手な性分・・・自転車通学はそれなりに楽しい。
俺の出来の悪い頭で苦労して入った新設進学校の高校だが、入ったら全然理想と違いすぐに拒否反応を示し嫌悪感を持った。
帰りはしっかり悪友らと道草し隠し持ったタバコなんか吸っていた。
そんな田舎道の通学も慣れてくるといろんなコースを発掘し出す。
気に入ったのは広大な平野の中の野を越え山を越え渡っている用水路脇の農道コースだ。
狭いながらも舗装されており自動車同士ならば通り抜けられないけど自転車にとっては充分な広さの道だった。
元々はトラクターや農作業の軽トラック用に敷かれた農道だろうが、延々と長く蛇行しながらどこまでも続いていた。
きっと先は海まで続く用水路だろうが、そこの所は無縁で知ったことでは無い。
優等生で教師お気に入りでも陰ではワルの知能犯のヤツは盗んだ原付の処分でその用水に沈めていた。
とにかく農園の中の畦道みたいなコースを自転車で通った・・・雑木林を抜けて山を越えて谷を越えて春にはタンポポ菜の花、夏は背の高い雑草、秋にはススキ、冬はセイタカアワダチソウが脇に生えている快適なサイクリングコースであった。
春には道端に横断しようとして車、自転車に轢かれた毛虫ばかりで気持ち悪かったけどね・・・・・・
その途中に今まで見た事もない住宅街があった。
まるで隠れ里のようにその住宅街は山と山の間にあった。
「町」と言うより「村」・・・「村」と言うより「集落」って感じの数軒の家が身を寄せ合うように固まりながら構成されていた。
ひっそりとした村・・・正直あまり綺麗な家とは言い難い色様々なトタンとかで継ぎ足し継ぎ足し出来ている家々・・・・・牧歌的な農家とは違いパーツパーツはプレハブ物置のようなそれらの家は俺にとっては初めて見る家だった。
そんな村の脇を通り抜け通学しているうちにA子と知り合った。
どちらが先に声を掛けたのかは覚えていない・・・・・
最初自転車で走り抜ける俺に何故か友人の女の子と二人連れだったA子が笑い掛けたのがきっかけで数日後の再会の時に話し出したのかも知れない。
その村の子A子も高校生だった。
いつも会う時は制服姿だった。
でも見慣れない制服だった。
当時すっかり高校に絶望しグレてしまった俺は、教師らと始終喧嘩して学校もサボりがちであったのだ。
行けばそれなりに仲間と楽しく過ごせたが始終何かしら降り掛かりトラブり喧嘩していた時期・・・
そんな学校に朝っぱらから行く気にならず適当に途中でドロップアウトし途中にある神社なんかで弁当食っていた。
金があれば市街地の方向に出て優作の映画なんかを見たりしたが、金と気力が無い時は適当に通学路近辺で時間を潰していたのだ。
私立の賢い高校に進んだ小学校からの友人と朝出会って、一緒にサボって公園のボートに制服のまんま乗って遊んでいたら、よっぽど事件が無かったか暇なのか警官数人に池を包囲されて補導されたのもこの時期だ。
東京では考えられないけど地方都市じゃ学校サボって遊んでいると警察に補導された時代だった。
脳天気に制服のまんまだったのできっとどこかの暇人が通報したのだろう。
補導された後、まだ気心知れているタイプの教師が付けた俺のあだ名は「ボート漕ぎ」だった。
とにかくそんな苛立ちと妙に牧歌的シュチュエーションのギャップの日々の中で出会ったA子も間違いなく品行方正に真面目に学校に通うタイプでは無かった。
いつも何故か今日は学校行くのやめようと集落近くの途中で自転車漕ぐのを止めるとどこからかA子が出てきた。
俺達はその集落が見える辺りの用水路の土手に腰を掛けて色々話した。
A子は小柄でやや茶色っぽい髪をおかっぱにした、どこか小動物を連想させる美少女だった。
朝から昼過ぎまでの長い時間随分話したが不思議な事に一体何を話したのか覚えていない。
座った土手から見えるA子の村は何でそんな揃って山陰にこびり付く様に建てたのか不思議で、一体村の人らの生業は何なのか不明なぐらい本当にひっそりしていて人影が動く気配も感じられなかった。
時々どこかの家で飼われ繋がれているのであろう犬のケン!ケン!ケン!と妙に山間に響く吠え声がするだけ・・・・・
そんな見える位置で平気で男子とサボっているA子を誰かが咎める様子もない・・・まったく不思議な時間だった。
そんな村からいつもフラリと出てくるA子もまた幻か「もののけ」のように感じたが、実際のA子はそんな輪郭のぼやけた村の住人とは思えぬ屈託のない基本的に静かだけど明るい子だった。
A子がいつも制服なのに不思議と高校が何処だとかの話はした事がなかった。
学校行っていなくちゃいけない時間なのにいつも制服姿でウロウロしている二人・・・・・
用水路脇を自転車押して行ったり来たりしながら一緒に時間を潰していた。
何かのきっかけで高校の仲間にA子の事を話したら怪訝そうな顔をされた。
そんな村あったっけ?って反応だ。
そうか・・・ちゃんと見ないとわからないのかも知れない・・・・
俺は基本的に風景とか見るのが好きなので気付いただけで興味無い人間なら見逃すのかも知れない。
俺とA子との不思議な逢瀬は続いた。
相変わらず通学途中でサボりを決め込み村のそばで自転車停めて座っているとA子がどこからともなく出てくる。
俺は内ポケットに隠していたセブンスターを取り出し100円ライターで火を付けて吸う・・・・・
最初の頃は煙たそうだったA子も今ではすっかり味を覚えて俺の勧めるセブンスターを嬉しそうに抜き取り、形良い端がクイッと吊り上がった小振りな薄い唇で美味しそうに吸った。
まったく制服姿の男女が土手に座ってタバコ吹かしているなんて・・・・・
そんな飲み友達ならぬ吸い友達のA子にも、ここから見えるどの家がA子の家なのか、高校の仲間が言った事は何故か、はばかられて言えなかった。
実に当たり障りのないタレント話、当時猛威をふるっていた漫才話、映画の話、音楽の話ばかりしていたっけ・・・
でもぼんやり沈黙している時間も長かった。
間が持たない事はなかった・・・そんな時はどちらかがしゃべりたくなるまで沈黙していた。
昼もかなり過ぎて、じゃあって感じで別れて、俺はどっかで弁当を食って帰ったりした。
A子も手を振ってその村に帰って行った。
一緒に大々的に学校サボって市街地に遊びに行くなんて事もない不思議な関係だ。
そんな俺はオトンと学校行かない事で大喧嘩して啖呵を切り家出した。
その頃は随分摩擦もあり家にも居づらかった俺は居場所が無いような孤独感に絶えず襲われていた。
行く宛は前回お世話になった父子家庭でほとんど父親不在の不良仲間の友達の家のつもりだったけど、このまま高校辞めて本当にどっかに行ってしまおうかと思っていた。
相変わらず夜自転車でフラフラしているうちにA子に何故か無性に会いたくなった。
このままどこかへ行ってしまう前にA子に会って別れを告げようかなんて思ったのだ。
そんな夜じゃA子に会える確率も低いだろうがダメ元だ・・・・・・
俺はその郊外に向けて自転車を漕ぎだした。
日のある内は陽光が降り注ぎ牧歌的な用水路脇の農道も日が落ちた後は時々点在する頼りない裸電球みたいな外灯の照らすエリアだけしか視界の効かない漆黒の闇で俺はややたじろいだ。
ガーガー漕ぐ分だけしか明るくならない自転車のライトも明らかにキャパ不足・・・・・
脇の見えにくい用水路の水位も高いのか水量が多く水音がちょっと怖い・・・・・
脇に広がる光によって濃い陰影を作る竹薮のシルエットも実に怖く映る・・・・・・
強がり不良少年の俺は歌を歌いながら痩せ我慢して走った。
相変わらずA子の村は静かであった。
どの家も人が住んでいるのかと疑う程暗いぼんやりした灯が灯っているだけだ。
会えないだろうなと思いながらも自転車のベルを鳴らしてみた・・・・・・
大体電話番号も知らないし、第一家も知らない・・・こんな合図しか出来なかった。
まるで漆黒の闇の大海でホイッスル吹いているような感じだった。
随分ベルを鳴らしたがやはり無理そうなので諦めかけて、ちょっと休憩してしていると、ガサザサと音がしてA子のシルエットがいきなり現れた。
呼んでおきながらビビって驚いている俺に「やっぱりそうだったぁ〜」と屈託無く言うA子・・・・・
俺は勿論A子もさすがに制服ではなくスエット姿・・・・・
その闇に浮かぶ白っぽいスエット姿が更にA子を「もののけ」っぽく演出していた。
俺は今じゃ考えられないダサイ黄色いウインドブレイカーにジーパン姿・・・
俺達はいつもの場所に夜露で濡れるのを気にしながら腰掛けて話をした。
俺が何でこんな時間に来たのか説明し、いつものタレント話ではなく悩みっぽい話をし出すとA子はスエットのズボンのポケットから真っ新なセブンスターを取り出して1本勧めてきた。
慌てて家を飛び出した俺はタバコが無かった。
わずかな光の中でイタズラっぽく笑っているA子・・・・・暗くて判別しにくいが、きっと特徴あるクイッと端が上がる唇なんだろう・・・・・
安堵からか妙に美味い長い一服の後、黙って聞いてくれるA子に日頃の不平不満をぶちまけた。
学校への憤り、両親への憤り、自分の人生への憤り・・・・・・自分でも驚くぐらい次から次に怒濤の如く出てくる・・・・・
ずっと黙っているA子・・・・・
時々フワリとタバコの煙が流れてくる・・・・・吸い方も上手くなり今じゃ立派なスモーカーだ。
俺の不平不満が一段落すると静かに「帰った方がいいよ」と言った。
まだカッカしている俺が帰れないと言うと「キスしようか」と言う・・・・・
え?・・・・・どういう事?・・・・・どういう展開??と唐突な提案に混乱しているとスッと近付いて来たA子がスッと唇を重ねてきた・・・・・
あれ?・・・何か変だぞ・・・・・・
タバコの香りがするキスをしながら、何故か俺のカッカしていた怒りの感情はショボい山火事のように鎮火されていった。
あれ?・・・何だろうか俺?・・・・・・何しているんだろうか俺??
ちょっと長いキスが終わった後はすっかり感情が浄化されていた俺・・・・・
「もうそろそろ帰る」とお尻に付いた草をパンパンと手で払い地面に点在している吸い殻を拾い言うA子につい素直に「俺も帰る」と言っていた。
そしていつものように手を振りながら村の方へ戻っていくA子を見送りながら、俺もギッシギッシ家に向かって自転車を力強く漕いでいた。
帰り道は不気味に響く水音も竹藪のシルエットも暗闇も怖く感じなかった。
俺の家出は半日で終わった・・・・・・
その日以来A子と会っていない・・・・・・
まったくその日を境にタイミングが合わずに会えなかった。
その農道から見えるA子の村に入り込んでいく勇気もない俺はただ用水路脇の道から会えないかなぁ〜と傍観するだけであった。
そして高校卒業になり俺は街を出て上京した・・・・・
実は上京する前一年浪人し予備校生になったのだが会えなかった。
自転車からバイクになり、その道を未練がましく何度も通ったのだがまったく会える気配すらしなかった。
大学生になってしばらくしてから帰省した時その村まで行ってみた。
すっかり山は開拓されて普通の住宅街になっていた。
今だから思うのだがA子は本当にもののけで幻だったのかも知れない・・・・・
俺はアスファルトと白っぽいコンクリートで人工的に固められた真新しい住宅街を眺めながらセブンスターを時間を掛けて吸った・・・・・
俺は地元高校の同級生のヒサオと命からがら夜の住宅街の道をバイク二人乗りで逃げていた。
追っ手は白いマークII ワゴン満載の悪名高い地元の大学空手部の連中だ。
ヒサオが手を出したバイトで知り合った年上の女子大生がその空手部の主将が惚れていた女だったのだ。
横恋慕された空手部主将がキレた。
男の独占欲と嫉妬は深い・・・・・
地元ではバカ田大学と呼ばれその中でも汗臭い体育会系の連中はモテなくて日頃から女日照りで貴重な女を取られたとキレた。
ヒサオが手を出した美奈子は女子大生にあるまじきプロポーションを持つ魔性の女であちこちの学生、教授、助教授、バイト先の男、既婚のおっさんと分け隔てなく関係を持ち浮き名を流していた。
俗に言うその地区で有名なヤリ○ンって子である。
その男の中にその空手部野郎がいて熱を上げていた。
薄々美奈子の素性は知ってはいたがいずれ他の排除し自分の女にしようとしていた折に高校生の分際のヒサオの存在を知り頭に来て激昂してヒサオを呼び出した。
明らかに制裁を加える気満々である気配を感じたヒサオは動揺したわけである。
俺は巻き込まれた形であった。
女の事で揉めてヤバい事になっていてそいつと話つけなきゃいかんから立ち会って助っ人になってくれと言われ、どうせどっかの高校生のヤンキーだろうと高をくくって付いて来た俺は自分のお調子者加減を呪った。
相手が評判の悪いバカ田大学空手部の猛者達じゃ到底勝ち目は無い・・・・・
呼び出された現場から俺たちは小型バイクで夜の道を逃げ出した。
二人乗りじゃスピードも出ず到底逃げ切れるものでないが、歩道走ったり逆走したり信号待ちの車の列の脇を路肩走行して通り抜けたり車が乗り入れにくい路地を通って何とか巻いたはいいが家までは遠い・・・・・
どの道走っていても鉢合わせしそうな恐怖・・・・・往来を走る事が晒されているようで怖い。
追い詰められたネズミのようだ。
深夜営業の喫茶店に身を潜ませたのはいいがドキドキものであった。
追われる身としてそこらの人気の無い造成地なんかでヤツらに捕まりたくない。
何されるかわかったもんじゃない・・・・・
人の目のある場所で安全を保ちたいのだ。
公衆の場じゃ無茶は出来まいという防衛本能が働くようだ。
でもそんな安全地帯は深夜の町では逆に目を引くようですぐに見付かってしまった。
ダイナー形式の喫茶店のガラス窓の向こうに現れたやや旧型の白いマークII ワゴンは白い亡霊か悪霊のように店の前にぴったり停車してこっちを威嚇している。
さすがに店では暴れられないので俺たちが諦めて出て来るまで待つようだ。
持久戦の兵糧攻めである。
落ち着くためタバコをやたら吹かす俺たち・・・俺のセブンスターもヒサオのマイルドセブンもすぐに無くなる・・・・・
どうすりゃいい???
ボコボコにされる・・・いやもしかしたら殺される・・・・
ワゴン車の中には5人・・・・・アホ大学の空手部員・・・マッチョ・・・・脳味噌も筋肉で出来ているような嗚呼!!花の応援団の青田赤道みたいな連中だ。
こっち高校生2人・・・・・ヒサオはヒョロッとした痩せ形でなんちゃってヤンキー・・・
女にゃ手が早いけど喧嘩じゃ手が出ないスケコマシ男・・・・「ジゴロのヒサオ」
戦力外・・・勝てない・・・・・
土下座しても無事に済みそうにない気配濃厚・・・・・
絶対絶命状況下である。
誰か助っ人を呼ぶか・・・・・
誰がいい・・・
いざという時に頼りになりそうなヤツは思い当たらない・・・・・
自分の人脈の薄さが露呈される。
相手が同等のヤンキークラスなら何とかなりそうだけど何するかわからないような空手部員達である。
そこでヒサオが店の備え付けの公衆電話で助けを求めたのは兄貴の知り合いだと言う加藤と言う人物だった。
当時はまだ携帯も無い時代・・・テレカだってそんなに普及していない。
ガシャガシャ投入するコインが俺たちのライフラインである。
幸いその加藤と言う人物は在宅中で白いクレスタに乗ってやって来た。
20代中半と思われる加藤はパンチパーマに派手なシャツ、異様に焼けた素肌に金のネックレス、金の怪しいローレックスに指輪・・・・・はだけた胸元と袖の端にチラチラ顔を出す入れ墨・・・明らかに堅気ではない・・・始終ニヤニヤしている不気味な男・・・・
あらかた事情を聞いている加藤は怯えるヒサオに慣れた様子で外で待っている空手バカを呼んで来いと命じた。
変な洋モク吸いながらニヤニヤ俺を観察している。
ヒサオに絡み付くように店に入って来た空手部主将は加藤を見ると事情を察したようであった。
店の中の空気が加藤によって重い・・・
加藤はまずワシは中川(仮名)の所に出入りしているモンやと地元では有名なヤ○ザ事務所の名を挙げた。
加藤は急に大人しくなったその扁平顔の主将をテーブルに座らせ「コイツはワシの旧いダチの弟だから今回の事はワシの顔を立てて引っ込め」というような事を言った。
全然関係無い見知らぬ加藤の顔を立てる義理はまったく無くて筋違いである。
納得出来ない主将は何かゴニョゴニョ口籠りながらも自分の立場を説明し抵抗を試みたのだが加藤に「あん?何か言ったか?」と言われ沈黙した。
完全に加藤に飲み込まれていた。
結局俺たちはヒサオの兄貴の友人と言う加藤に救出されたわけだった。
空手野郎達は渋々白いマークII ワゴンで去ったのだが、残った加藤にお前ら幾ら持っていると聞かれ夏休みのバイト代の残り1万づつ取られた。
今から思えば加藤は正式に杯を貰ったヤクザではなくて誰かヤ○ザ事務所の兄貴分にくっ付いている使いっぱのチンピラだったのだろう。
それでもそのヤ○ザ事務所関係者と名乗った効果は大きいのでそんなやり方であちこちの些細なトラブルに鼻を突っ込み金を巻き上げて小遣い稼ぎしていたようだ。
自分では「仲介業」と名乗っていた。
何かあったらまた呼べと言いながら店を出ようとした加藤に恐縮しながら申し訳ないですが加藤さんのアイスコーヒーはご自分で払っていただけないでしょうか?と言うのは勇気がいった。
一瞬ギロッと睨んだ後に「お前らおもろいな〜わかったわかった」と自分のレシート掴んでレジに向かった加藤の背中見た時に初めて自分らは助かったと実感したのだった。
残った小銭1円5円掻き集めて自分らのコーヒー代を支払って店を出た時は既に夜空は白み出していた。
2万で助かったのだがそれが高いのか安いのかわからずそそくさと逃げるように家に帰った。
今からもう30年も前の17の時の夏の夜・・・・・息子と同じ歳の頃・・・
一つ修羅場をくぐり抜けた夜だった。
それから5年後俺は大学進学し上京していた。
地元の廃車置き場の車の中で加藤の死体が見つかったと聞いた。
時代はバブルを迎えようとし地上げ立ち退き騒動が世間を賑わせていた。
そんな中加藤は上の組織に利用された後トカゲの尻尾切りのように殺されたのかも知れない。
チンピラ加藤が小金稼ぎしようと鼻を突っ込むには桁数が違ったのだ。
ヒサオから1万円は返してもらってないけど加藤への香典だったと思っている。
地方都市の県立高校に通っていた。
まったく好きになれなかったその高校は市外の郊外にある田舎臭い県立高校だった。
入学当初は市内からその郊外に行く、これまた垢抜けないデザインのバスに乗って通っていたのだが、そのうちバスのある駅までが遠回りなので自転車で直接直通で通い出した。
市内でもかなり郊外の自宅から更に郊外の市外へ毎日通う・・・
中学までは未知の世界の山あり谷あり田んぼあり畑ありの田舎の風景・・・・・
田舎屋の民家の前には切り干し大根なんかが網の上に干してあったりして絵葉書の世界・・・・・
小学校の時は校舎の窓から、あちらの方には一体何があるんだろう?なんて思っていた未開の地だ。
それでも天気季候の良い日は中々気持ちの良い通学だった。
元々窮屈なバスやら電車は苦手な性分・・・自転車通学はそれなりに楽しい。
俺の出来の悪い頭で苦労して入った新設進学校の高校だが、入ったら全然理想と違いすぐに拒否反応を示し嫌悪感を持った。
帰りはしっかり悪友らと道草し隠し持ったタバコなんか吸っていた。
そんな田舎道の通学も慣れてくるといろんなコースを発掘し出す。
気に入ったのは広大な平野の中の野を越え山を越え渡っている用水路脇の農道コースだ。
狭いながらも舗装されており自動車同士ならば通り抜けられないけど自転車にとっては充分な広さの道だった。
元々はトラクターや農作業の軽トラック用に敷かれた農道だろうが、延々と長く蛇行しながらどこまでも続いていた。
きっと先は海まで続く用水路だろうが、そこの所は無縁で知ったことでは無い。
優等生で教師お気に入りでも陰ではワルの知能犯のヤツは盗んだ原付の処分でその用水に沈めていた。
とにかく農園の中の畦道みたいなコースを自転車で通った・・・雑木林を抜けて山を越えて谷を越えて春にはタンポポ菜の花、夏は背の高い雑草、秋にはススキ、冬はセイタカアワダチソウが脇に生えている快適なサイクリングコースであった。
春には道端に横断しようとして車、自転車に轢かれた毛虫ばかりで気持ち悪かったけどね・・・・・・
その途中に今まで見た事もない住宅街があった。
まるで隠れ里のようにその住宅街は山と山の間にあった。
「町」と言うより「村」・・・「村」と言うより「集落」って感じの数軒の家が身を寄せ合うように固まりながら構成されていた。
ひっそりとした村・・・正直あまり綺麗な家とは言い難い色様々なトタンとかで継ぎ足し継ぎ足し出来ている家々・・・・・牧歌的な農家とは違いパーツパーツはプレハブ物置のようなそれらの家は俺にとっては初めて見る家だった。
そんな村の脇を通り抜け通学しているうちにA子と知り合った。
どちらが先に声を掛けたのかは覚えていない・・・・・
最初自転車で走り抜ける俺に何故か友人の女の子と二人連れだったA子が笑い掛けたのがきっかけで数日後の再会の時に話し出したのかも知れない。
その村の子A子も高校生だった。
いつも会う時は制服姿だった。
でも見慣れない制服だった。
当時すっかり高校に絶望しグレてしまった俺は、教師らと始終喧嘩して学校もサボりがちであったのだ。
行けばそれなりに仲間と楽しく過ごせたが始終何かしら降り掛かりトラブり喧嘩していた時期・・・
そんな学校に朝っぱらから行く気にならず適当に途中でドロップアウトし途中にある神社なんかで弁当食っていた。
金があれば市街地の方向に出て優作の映画なんかを見たりしたが、金と気力が無い時は適当に通学路近辺で時間を潰していたのだ。
私立の賢い高校に進んだ小学校からの友人と朝出会って、一緒にサボって公園のボートに制服のまんま乗って遊んでいたら、よっぽど事件が無かったか暇なのか警官数人に池を包囲されて補導されたのもこの時期だ。
東京では考えられないけど地方都市じゃ学校サボって遊んでいると警察に補導された時代だった。
脳天気に制服のまんまだったのできっとどこかの暇人が通報したのだろう。
補導された後、まだ気心知れているタイプの教師が付けた俺のあだ名は「ボート漕ぎ」だった。
とにかくそんな苛立ちと妙に牧歌的シュチュエーションのギャップの日々の中で出会ったA子も間違いなく品行方正に真面目に学校に通うタイプでは無かった。
いつも何故か今日は学校行くのやめようと集落近くの途中で自転車漕ぐのを止めるとどこからかA子が出てきた。
俺達はその集落が見える辺りの用水路の土手に腰を掛けて色々話した。
A子は小柄でやや茶色っぽい髪をおかっぱにした、どこか小動物を連想させる美少女だった。
朝から昼過ぎまでの長い時間随分話したが不思議な事に一体何を話したのか覚えていない。
座った土手から見えるA子の村は何でそんな揃って山陰にこびり付く様に建てたのか不思議で、一体村の人らの生業は何なのか不明なぐらい本当にひっそりしていて人影が動く気配も感じられなかった。
時々どこかの家で飼われ繋がれているのであろう犬のケン!ケン!ケン!と妙に山間に響く吠え声がするだけ・・・・・
そんな見える位置で平気で男子とサボっているA子を誰かが咎める様子もない・・・まったく不思議な時間だった。
そんな村からいつもフラリと出てくるA子もまた幻か「もののけ」のように感じたが、実際のA子はそんな輪郭のぼやけた村の住人とは思えぬ屈託のない基本的に静かだけど明るい子だった。
A子がいつも制服なのに不思議と高校が何処だとかの話はした事がなかった。
学校行っていなくちゃいけない時間なのにいつも制服姿でウロウロしている二人・・・・・
用水路脇を自転車押して行ったり来たりしながら一緒に時間を潰していた。
何かのきっかけで高校の仲間にA子の事を話したら怪訝そうな顔をされた。
そんな村あったっけ?って反応だ。
そうか・・・ちゃんと見ないとわからないのかも知れない・・・・
俺は基本的に風景とか見るのが好きなので気付いただけで興味無い人間なら見逃すのかも知れない。
俺とA子との不思議な逢瀬は続いた。
相変わらず通学途中でサボりを決め込み村のそばで自転車停めて座っているとA子がどこからともなく出てくる。
俺は内ポケットに隠していたセブンスターを取り出し100円ライターで火を付けて吸う・・・・・
最初の頃は煙たそうだったA子も今ではすっかり味を覚えて俺の勧めるセブンスターを嬉しそうに抜き取り、形良い端がクイッと吊り上がった小振りな薄い唇で美味しそうに吸った。
まったく制服姿の男女が土手に座ってタバコ吹かしているなんて・・・・・
そんな飲み友達ならぬ吸い友達のA子にも、ここから見えるどの家がA子の家なのか、高校の仲間が言った事は何故か、はばかられて言えなかった。
実に当たり障りのないタレント話、当時猛威をふるっていた漫才話、映画の話、音楽の話ばかりしていたっけ・・・
でもぼんやり沈黙している時間も長かった。
間が持たない事はなかった・・・そんな時はどちらかがしゃべりたくなるまで沈黙していた。
昼もかなり過ぎて、じゃあって感じで別れて、俺はどっかで弁当を食って帰ったりした。
A子も手を振ってその村に帰って行った。
一緒に大々的に学校サボって市街地に遊びに行くなんて事もない不思議な関係だ。
そんな俺はオトンと学校行かない事で大喧嘩して啖呵を切り家出した。
その頃は随分摩擦もあり家にも居づらかった俺は居場所が無いような孤独感に絶えず襲われていた。
行く宛は前回お世話になった父子家庭でほとんど父親不在の不良仲間の友達の家のつもりだったけど、このまま高校辞めて本当にどっかに行ってしまおうかと思っていた。
相変わらず夜自転車でフラフラしているうちにA子に何故か無性に会いたくなった。
このままどこかへ行ってしまう前にA子に会って別れを告げようかなんて思ったのだ。
そんな夜じゃA子に会える確率も低いだろうがダメ元だ・・・・・・
俺はその郊外に向けて自転車を漕ぎだした。
日のある内は陽光が降り注ぎ牧歌的な用水路脇の農道も日が落ちた後は時々点在する頼りない裸電球みたいな外灯の照らすエリアだけしか視界の効かない漆黒の闇で俺はややたじろいだ。
ガーガー漕ぐ分だけしか明るくならない自転車のライトも明らかにキャパ不足・・・・・
脇の見えにくい用水路の水位も高いのか水量が多く水音がちょっと怖い・・・・・
脇に広がる光によって濃い陰影を作る竹薮のシルエットも実に怖く映る・・・・・・
強がり不良少年の俺は歌を歌いながら痩せ我慢して走った。
相変わらずA子の村は静かであった。
どの家も人が住んでいるのかと疑う程暗いぼんやりした灯が灯っているだけだ。
会えないだろうなと思いながらも自転車のベルを鳴らしてみた・・・・・・
大体電話番号も知らないし、第一家も知らない・・・こんな合図しか出来なかった。
まるで漆黒の闇の大海でホイッスル吹いているような感じだった。
随分ベルを鳴らしたがやはり無理そうなので諦めかけて、ちょっと休憩してしていると、ガサザサと音がしてA子のシルエットがいきなり現れた。
呼んでおきながらビビって驚いている俺に「やっぱりそうだったぁ〜」と屈託無く言うA子・・・・・
俺は勿論A子もさすがに制服ではなくスエット姿・・・・・
その闇に浮かぶ白っぽいスエット姿が更にA子を「もののけ」っぽく演出していた。
俺は今じゃ考えられないダサイ黄色いウインドブレイカーにジーパン姿・・・
俺達はいつもの場所に夜露で濡れるのを気にしながら腰掛けて話をした。
俺が何でこんな時間に来たのか説明し、いつものタレント話ではなく悩みっぽい話をし出すとA子はスエットのズボンのポケットから真っ新なセブンスターを取り出して1本勧めてきた。
慌てて家を飛び出した俺はタバコが無かった。
わずかな光の中でイタズラっぽく笑っているA子・・・・・暗くて判別しにくいが、きっと特徴あるクイッと端が上がる唇なんだろう・・・・・
安堵からか妙に美味い長い一服の後、黙って聞いてくれるA子に日頃の不平不満をぶちまけた。
学校への憤り、両親への憤り、自分の人生への憤り・・・・・・自分でも驚くぐらい次から次に怒濤の如く出てくる・・・・・
ずっと黙っているA子・・・・・
時々フワリとタバコの煙が流れてくる・・・・・吸い方も上手くなり今じゃ立派なスモーカーだ。
俺の不平不満が一段落すると静かに「帰った方がいいよ」と言った。
まだカッカしている俺が帰れないと言うと「キスしようか」と言う・・・・・
え?・・・・・どういう事?・・・・・どういう展開??と唐突な提案に混乱しているとスッと近付いて来たA子がスッと唇を重ねてきた・・・・・
あれ?・・・何か変だぞ・・・・・・
タバコの香りがするキスをしながら、何故か俺のカッカしていた怒りの感情はショボい山火事のように鎮火されていった。
あれ?・・・何だろうか俺?・・・・・・何しているんだろうか俺??
ちょっと長いキスが終わった後はすっかり感情が浄化されていた俺・・・・・
「もうそろそろ帰る」とお尻に付いた草をパンパンと手で払い地面に点在している吸い殻を拾い言うA子につい素直に「俺も帰る」と言っていた。
そしていつものように手を振りながら村の方へ戻っていくA子を見送りながら、俺もギッシギッシ家に向かって自転車を力強く漕いでいた。
帰り道は不気味に響く水音も竹藪のシルエットも暗闇も怖く感じなかった。
俺の家出は半日で終わった・・・・・・
その日以来A子と会っていない・・・・・・
まったくその日を境にタイミングが合わずに会えなかった。
その農道から見えるA子の村に入り込んでいく勇気もない俺はただ用水路脇の道から会えないかなぁ〜と傍観するだけであった。
そして高校卒業になり俺は街を出て上京した・・・・・
実は上京する前一年浪人し予備校生になったのだが会えなかった。
自転車からバイクになり、その道を未練がましく何度も通ったのだがまったく会える気配すらしなかった。
大学生になってしばらくしてから帰省した時その村まで行ってみた。
すっかり山は開拓されて普通の住宅街になっていた。
今だから思うのだがA子は本当にもののけで幻だったのかも知れない・・・・・
俺はアスファルトと白っぽいコンクリートで人工的に固められた真新しい住宅街を眺めながらセブンスターを時間を掛けて吸った・・・・・
by glass-jaw-hopper
| 2013-08-06 15:00
| 哀
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