その男Glass-Jaw-Hopperグラス・ジョー・ホッパー

カテゴリ:その時歴史は動いたような気が( 120 )




自信

第二次大戦時のアメリカのシャーマン戦車とドイツのタイガー戦車だ。
ヨーロッパの戦場においてこの二台はライバルである。
実際タイガー一台に対して米軍のシャーマンは3台4台で立ち向かわねばならなかったそうである。
なるほどシャーマンはタイガーに比べて一回り小さい
これは遠い戦地に大量投入するための陸送事情を考えての事であろう。
ビジター旅人は身軽でなけりゃならないのだ。
迎え撃つ地元ホームグランドのタイガー戦車は重くてデカくていいわけだ。
タイガーが大型3ナンバーの車ならシャーマンは5ナンバーの小型車ってところだろう。
そして米軍シャーマンは随分丸っこい
丸っこく見えるのは斜め構成だからである。
全ての面が斜めに傾いている。
これじゃ随分中が狭くなっちゃうのになぁ〜って疑問だった。
ブラピ主演の映画「フューリー」を見てその疑問が解けた。
つまりシャーマン戦車は軽く作られ鉄板が薄いので受けた砲弾を逸らす為だったのだ。
直撃する砲弾がその斜め面に当たると上へ逸れて行くのだ。
跳弾ってヤツだ。
やはりアメリカは合理的である。
それに対してドイツ軍戦車のタイガーは鉄板が厚くてシャーマン戦車の直撃砲弾受けてもがっちり平面であっても跳ね返している。
小柄な星飛雄馬の早いけど軽い速球をがっちり受け止めて見せる大柄でゴツい伴宙太みたいなものだ。
カクカクしたドイツ軍タイガー戦車の平面構成は「自信」だったのだ。
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また一つ賢くなれたのだった。
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by glass-jaw-hopper | 2016-03-17 23:41 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

同盟国

オーストラリアメルボルンの免税店の営業マンをやっていた1989年頃毎日毎日日本人スタッフは仕事明けの帰りに飲みに行っていた。
日本人スタッフは「付き合い」が大切だったのだ。
これは国民性なんだろう。
俺はこの「付き合い」ってのがどうも苦手だった。
オーストラリア人のジモティースタッフ達は仕事が終わるとさっさと郊外の家に帰る。
飲みに行く事もあるが彼らは基本的「付き合い」と言う概念が無くて誘っても「今日は帰る」って言って帰るのだ。
これが日本人同士だと帰る理由がいる。
正当な理由が無いと「付き合いの悪いヤツ」の烙印が捺されてしまい
実に面倒臭いのだ。
オーストラリア人の白人達は基本家で過ごすのが普通で休日市街地に出掛ける事がない。
だから休日のメルボルン市街地は閑散としていて店が免税店以外閉まっている。
行き場を失った観光客が免税店街で買い物して開店しているマクドナルドで飯食っているだけだった。
俺は何故か中国人スタッフと仲が良くなった。
同じような東洋人顔なのに香港系の彼らはジェームス、エドワードとかの名前で違和感があったけど。
よく一緒にメルボルンのリトルチャイナのビリヤード場で遊んだ。
俺は当時チャン・リン・シャンと名乗り英語もまだあまり得意じゃないし中国語も全然話せないので寡黙な中国人として潜伏していたのだ。
やはり東洋系の人達の中にいると落ち着いた。
そんな俺でもやはり付き合いは大切だし気分が乗り気の時は日本人スタッフ仲間でとことん飲んだ。
夜のメルボルン市内はそんな集団の日本人と酔っ払って闊歩しているドイツ人達だけだった。
そして日本人達とドイツ人達はたっぷりシエスタ取って夜起きてまだ開いているリトルイタリーのイタリアンレストランに流れるのが常だった。
深夜1時2時にも関わらず店の中にはその店の小さな子供がウロウロ歩き回って遊んでいたりした。

つくづく日本人とドイツ人は集団になるのを好み団体行動したがるんだなぁ〜と思った。
そしてなるほどファシズムになりやすい国民である。
同盟国はなるべくしてなったのだ。
でも日本人とドイツ人の違いはドイツ人は規則を破るのが好きで毎年泳いではいけないと規制されている川で泳いでクロコダイルに襲われたり海でもサメの襲撃に遭う冒険野郎がやたら多い事だ。

そんな俺だったが日本人中国人フィリピン人現地オーストラリア人と分け隔て無く付き合っていたので帰国する時の俺の送別会ではその会社初めて派閥を越えて人種関係なく皆が集まってくれた。
それは嬉しかったな。
やはり人種毎にグループがあってあまり混じり合わないのだが俺はいろんな人種に興味津々で積極的に近付いていた。
だからアホな日本人だが害の無いヤツと思われていたらしい。
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by glass-jaw-hopper | 2016-03-16 23:04 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

へびつかい座

神話
アポローンが、うっかり者(あるいは、うそつき)のカラス(からす座)の告げ口を本気にし、誤って自らの恋人コローニスを射殺した。そのとき腹にいた赤ん坊は、賢者ケイローン(いて座)に育てられ、立派な医師アスクレーピオスになった。蛇を持っているのは、蛇によって薬草の効用を知ったアスクレーピオスが自分のシンボルにしたからだという。また、アスクレーピオスが蛇毒を薬に使ったからだともいう。アスクレーピオスはアルゴー船(アルゴ座)にも乗船し、名医として名高かったが、ついには死者をも蘇らせることができるようになり、冥神ハーデースの怒りを買ったため、大神ゼウスの雷によって打ち殺された。その後、医師としての功績が称えられ星座(へびつかい座)となった。

さっぱりわからん〜!



聞いた話だと星座って羊飼いが羊番してる時に暇で夜空見上げて作ったらしいけど・・・
よくこんな程遠い図形思いついたよなぁ〜


それに・・・・・

その羊飼い、そんな夜に何してたんだ?
羊って昼間放牧してるんでしょ?
ペーターとか・・・・そっちはヤギだけど

羊飼いじゃなくて忍び込む隙を待って星見て時間潰ししてた泥棒が作ったんじゃないのかな?
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by glass-jaw-hopper | 2016-03-03 00:33 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

二人のヒムラ

ドイツのヒムラーは冷酷なナチスの幹部高官で日本のヒムラはお笑いの雄である。
夢で気付いて夜中に起きてひどく感心した。
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勿論日本のヒムラの方が偉大である。
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by glass-jaw-hopper | 2016-02-24 22:40 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

英雄

英雄の出現を待つしかない。

合議制では既に無理・・・・・一人で全てを担う英雄・・・・・カリスマ・・・・・

もうこの国のどこかに生まれているのかも知れない。

もしくは随分年上でまだ覚醒していないだけかも知れない。

将軍、独裁官、文筆家、国家事業企画者・・・そしてハゲの女たらし・・・・

イタリアの歴史の教科書には「指導者に求められる資質は、次の五つである。知性。説得力。肉体上の耐久力。自己制御の能力。持続する意志。カエサルだけが、この全てを持っていた。」との記述があるそうだ。


とにかくジュリアス・シーザーことガイウス・ユリウス・カエサルのような全てを持った救世主の超人ヒーローを待つ・・・・・

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by glass-jaw-hopper | 2014-07-09 00:21 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

雨でごわす

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雨でごわす・・・・・





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私利私欲から無権だった西郷どんは自分のボロ家屋を愚痴る女房に「今日本中が雨漏りしている」と言った・・・・・

そう、今日本中が雨漏りしているのだ。






坂本龍馬が西郷宅に逗留中に聞いて感心して伝わったとされる西郷どんのその機転の利いた言い訳のセリフは有名だけど、それで納得した女房殿の大きさはあまり伝わっていない。
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by glass-jaw-hopper | 2014-06-30 08:49 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

にわか

誰が言い出したか今回のワールドカップで大騒ぎしているサポーターを「にわか」と言い切っていた。

ちょっと前有吉が「プロレスファンにはにわかファンが無かったので衰退した」と嘆いていた事から始まったようだ。

にわか・・・



岡田 以蔵(おかだ いぞう、天保9年1月20日(1838年2月14日) - 慶応元年閏5月11日(1865年7月3日))は、江戸時代末期の土佐藩郷士、志士。
司馬遼太郎の小説名から「人斬り以蔵」の名でも知られる。

聞けば高知には「岡田以蔵」って銘酒があると言う。

最近まで墓も無かったそうだが急に人気が出てあの世で以蔵は驚いているかも知れない。

ドラマ配役のキャスティングで以蔵はイケメンが採用されるようになった。
人気キャラである。

以蔵人気を決定付けたのは大河の以蔵役のショーケンだろう・・・哀れな犬みたいな以蔵を演じたけど当時のショーケンが演じればどんな役柄も格好良く見えてしまった。

でも実態の以蔵は荒んだ男であったと言う。

土佐藩の下層階級の更に下の階級の男であった。
禄も無いので普段は農作業し戦になれば足軽に駆り出される・・・・・

ドラマ漫画映画では幼い頃に半平太、龍馬と交流があり友情があったがの如く描かれているけど実際に彼らに交流が出来たのは随分後の頃である。

確固たる思想も無い以蔵は佐幕派の人間を斬り、龍馬に言われれば幕僚勝海舟の警護に就き刺客の本来味方であるはずの尊王攘夷派も斬っている。

結局は半平太の刺客として捨て駒のように使われ、時勢が佐幕派に寄ると藩に捕まり拷問の末に斬り捨てられた。

最近以蔵の所有物であったとされるフランス製のピストルが展示されている。
龍馬の推薦で護衛していた勝海舟から渡されたピストルらしいがまったく使用した痕跡はない。

縛士の寺田屋襲撃の際拳銃で難を逃れた龍馬と違い、以蔵には新しいモノを取り入れる能力が無かった。


龍馬に唆されて本来敵側の奸物勝海舟のボディガード用心棒にされた岡田以蔵が勝から渡されたフランス製の拳銃だ。

単純な剣客モドキ刺客の以蔵にとって舶来のピストルはいきなり与えられたパソコンのようにまったく使いこなせない未知の難物だったようでまったく手付かずのまま遺されている。
実際発砲した記録も無い。
土佐勤王党が表舞台から引きずり下ろされ弾圧され京の町を逃げ回っていた時も使用せずに捕縛されている。
使いこなし寺田屋で難を逃れた龍馬とは大違いだ。

使いこなせなかった以蔵のピストル・・・・・

このエピソードは真実っぽいけど以蔵の哀れさだけが目立つ話だ。

哀しき以蔵・・・彼は志士ではなかった・・・・・ただ利用された哀しき殺し屋・・・
金が入ると酒に女に使い、いい気になって志士気取り・・・実にわかりやすい男である。

そう彼こそ「にわか志士」「にわか尊王攘夷」である。

天誅!天誅!と言えば何でも通り人斬りさえ通ると思っていた。

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倒幕派に居ながら彼の位置はすこぶる低い・・・・いや席すら無かった。
仲間からも軽く見られ仲間と思われていない節もある。



同じ土佐出身の最下層階級の地下浪人岩崎弥太郎にも差を付けられた。
虫けらのように殺され野の骸に晒された以蔵・・・三菱財閥を築き上げた弥太郎・・・・

龍馬・弥太郎・以蔵の違いは何だろう?

同じ時代を駆け抜け、藩では同じ下層階級の男達の明暗を分けたものは何だろう?

それはやはり志(こころざし)であろう・・・

人は希望がなければ生きていけないけどは時に厄介な邪魔者にもなる。
だからあまり志を持つのは考え物でもあり畏れもする。

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単純な勝ち抜き戦トーナメント指向の以蔵に対して龍馬・弥太郎はペナントレース指向であった。
そこで負けてもあそこで勝てば良いと考えた。
実際龍馬・弥太郎は失敗も数多く苦渋を舐めている。
これは永ちゃんも同じ事を「成りあがり」で言っている。


大きな時流、大きなうねり、潮の流れには逆らわず身を任せさざ波を気にしない生き方・・・
これは中々出来そうで出来ない・・・・
いつもさざ波に翻弄され大きな流れに乗り遅れる。





哀しき人斬り以蔵・・・彼は時流に取り残されさざ波に潰され野に果てた・・・・

そんな以蔵を誰も笑えない・・・・・


永遠のチンピラ岡田以蔵・・・そして「にわか志士」「にわか尊王攘夷」・・・・・


何故か彼に感情移入してしまう俺だ・・・・・




そう言えば学生時代の友人で家業のにかわ職人を継いだヤツがいたっけ・・・・・

にわかにかわ職人って実に紛らわしいなぁ~
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by glass-jaw-hopper | 2014-06-16 00:53 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

聞き捨てならぬ言葉・・・・・

「扶持俸禄など鳥小屋の餌のような物だ」と下げずんで吐き捨てた龍馬・・・・・

つまり自由人浪人龍馬が宮仕えしている役人らを笑った言葉である。


そりゃないよ・・・・・そりゃアンタみたいに国を動かす大事業はしていないよ・・・・・

でもね家族養うためにその扶持が必要なんだよ・・・・・皆庶民は必死なんだ・・・食うためにさ・・・・・

アンタだって国事奔走で全国走り回っている時に金が足りなくなりゃ裕福な実家の才谷屋の権平兄から散々仕送り貰ってんじゃん~!

確か後に妻にするお龍さんの借金五両の肩代わりも実家からの仕送りを当てたでしょ(司馬遼太郎氏フィクションの可能性在り)

テメェの女身請けするのに実家から金貰ったヤツが偉そうに言うなっ!


こっちはそのわずかな扶持のため朝から晩まで働いてんだよっ!

わかってんのか坂本龍馬!!

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三十まで自分で一両も稼いだ事がないヤツが偉そうに言うなっ!
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by glass-jaw-hopper | 2014-06-01 20:21 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

龍馬小者説

坂本龍馬の人気は凄い。

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もはやドル箱スターである。
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歴史上の人物の人気投票では織田信長と坂本龍馬が1位2位を争っている。

でも本当に彼はそんなに大物だったのだろうか?


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西郷隆盛、桂小五郎、高杉晋作、勝海舟と並ぶ英雄だったのか?

彼らに言わせたら「龍馬・・・?ああ〜グラバーの使いパシリのあの浪人か・・・・何でアイツがそんなに英雄扱いされてんの〜?」なんてポジションだったかも知れない。

「あぁ〜寺田屋で幕士に襲われて逃げて来てビビってたんで女連れで匿ってやったバカップルの浪人でごわす。」

「土佐藩・・・?容堂公に後藤象二郎殿、武市瑞山先生に中岡慎太郎・・・・・あぁ坂本・・・そう言えばいたっけ・・・・」
「千葉道場門下生なのにそんなに強くなくていつも拳銃チラつかせてたビビりのヤツでしょ。」
「靴の自慢がウザかった〜」
なんてね・・・・・
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そう龍馬がクローズアップされたのは司馬遼太郎「竜馬がゆく」からである。
勿論その前も明治16年に高知の『土陽新聞』に坂崎紫瀾が書いた『汗血千里の駒』が掲載され、大評判となった事により一躍その名が知られるようになった。
つまりいつも作家創作の心躍る脚色の小説の主人公に採用されて人気を得たキャラクターである。

封建時代、身分制度の厳しい時代に一浪人が幕府を揺るがし国家をの方針を決める。

庶民から出た「鼠小僧次郎吉」「石川五右衛門」の義族が大名その他有力者をきりきり舞いさせる清涼感と同じだ。
大衆が喜ぶ要素盛りだくさんである。

その『汗血千里の駒』の次に龍馬ブームが起きるのは日露戦争時である。
開戦直前の明治37年2月6日、皇后・美子の夢枕に龍馬が立ち、「私が海軍軍人を守護いたします」と語り、皇后はこの人物を知らなかったが、宮内大臣田中光顕が、龍馬の写真を見せたところ、皇后は間違いなくこの人物だと語った。
事の真偽のほどは定かではないが、この話が全国紙に掲載されたため、坂本龍馬の評判が全国に広まる事となったそうだ。

宮内大臣田中光顕は土佐勤王党出身で陸援隊幹部だった。
板垣退助は高知の維新の代表である龍馬の銅像が無いのを惜しみ、親戚の彫刻家・本山白雲に依頼して桂浜に龍馬の銅像を建立した。

なんかそのタイミングを見計らって畳み込むように一気に世間の目を旧土佐藩勢力に向けようとした気配濃厚である。
何せ維新後政府内は完全に功労者である薩摩長州勢力に押され気味だった第三の土佐藩・・・ここで無理矢理でも英雄を作る必要があったのだ。

ただでさえ維新の時は藩主山内容堂の日和見で左幕になったり薩摩長州に出遅れた土佐藩・・・巻き返さねば完全に薩摩長州に占められてしまう。
大戦時ドイツ軍、ソ連軍がその他各国が国民鼓舞とプロパガンダで撃墜王や狙撃兵を英雄にしたのと同じだろう。
維新後政府内で派閥漏れしていた後藤象二郎、板垣退助は否応無しに誰か土佐藩から「実は凄い功労者」を出さねば立場が無かったのだ。
それも既に没後で口無し状態でどうとでも脚色出来る人物・・・

そして白羽が立ったのが坂本龍馬である。
同じく土佐浪人で同じ末路を辿った中岡慎太郎は彼の陸援隊は常に長州に駐屯させて長州寄り過ぎて都合が悪かったのだ。
その点龍馬の海援隊は幕府直轄地長崎在でどこの色もついていない。

明治16年に坂崎紫瀾が書いた『汗血千里の駒』・・・これは高知の『土陽新聞』の掲載である。
いかにも地方名士有力者のバックボーンが見える・・・・・
書かせたのは後藤象二郎、板垣退助ってのも十分にありうる。

これからも龍馬人気は続くだろう・・・・・
それはそれでいい・・・・

「宮本武蔵」「織田信長」「坂本龍馬」は今後も更にイケメンが演じてとんでもなく美化され湾曲された偉人伝が正当に伝わって行くだろう。
武田鉄矢みたいに更に脚色し自分解釈の新たな龍馬伝道師もどんどん出て来てね。
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岡田以蔵でさえ今やイケメンになっちゃっているし・・・・・
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酒飲むと「ワシは龍馬の生まれ変わりじゃきぃ〜」なんて言う偏った知識しか無い単純でおバカさんも更に増えて行くだろうね・・・・・
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by glass-jaw-hopper | 2014-05-29 23:42 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

筋金入りのロック魂

イネさんは1966年にビートルズ来日公演に娘さんと武道館に駆け付けたという。

既にいた孫娘は旦那に預けて追っかけたそうだ。

今でもストーンズのライブに出向く。

今回来日したポール・マッカートニーのライブにも会場まで行ったがウィルス感染症で中止になってしまい残念がった。
もしライブしていたら48年振りの再会だった。

自分の歳は忘れたけどお父さんの以助さんは少年時代伏見薩摩藩邸の小間使いとして働いており幕府伏見奉行の捕り方に襲撃されて助けを求めに来た龍馬と投宿中だった三吉慎蔵を目撃しているそうだ。

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ザ・クロマニヨンズのファンで「オートバイと皮ジャンパーとカレー」が好きでカラオケの定番・・・
http://www.youtube.com/watch?v=4wH25dCP8KI
縦乗りでシャウトしながら歌うそうだ。
矢沢永吉の「乗ってくれ!HAHA~」で始まりエルヴィスからレッド・ツェッペリン、エアロスミス、セックス・ピストルズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ・・・最後は 忌野清志郎の「雨上がりの夜空に」で締める。

イネさんの切々と歌うジャニス・ジョプリンはどんな演歌より涙を誘うそうだ。


お酒は焼酎バーボン何でもござれで戦後すぐから進駐軍から手に入れ愛飲のラッキーストライクは今でも1日1箱半吸うヘビースモーカーである。

海外旅行時には怪しい仲間と地元のマリファナパーティに参加する。
宵っ張りで朝寝坊・・・神社仏閣巡りなんかした事もないしする気もない。
野菜嫌いで好物はビーフステーキだ。
年金は受給した日にパァ〜ッと使ってしまう。

上の人間からの押し付けが嫌いで必ず反抗するロックンローラーである。

夢はタトゥーを入れて大型バイクに乗りカッコイイ彼氏を作る事だ。



筋金入りのロック魂のイネさん・・・・・ひ孫娘の縁談の相手には強く公務員を薦めたそうだ。
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by glass-jaw-hopper | 2014-05-21 23:03 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)

ガラスの顎のリスクでジャンプし続けるバッタ
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