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カテゴリ:その時歴史は動いたような気が

  • 龍馬は英雄か?
    [ 2012-05-23 00:55 ]
  • 毛利長州はまた来る
    [ 2012-05-21 15:07 ]
  • 負の遺産
    [ 2012-05-17 00:41 ]
  • 新説、巌流島
    [ 2012-04-29 14:38 ]
  • トムソーヤの探検
    [ 2012-04-27 00:53 ]
  • 岡田以蔵、人斬り以蔵
    [ 2012-04-23 22:53 ]
  • 乗ってみたい
    [ 2012-04-04 00:51 ]
  • ふと考えた
    [ 2012-03-23 23:25 ]
  • ユダヤの民
    [ 2012-03-11 21:49 ]
  • 嗚呼鯨海酔候、酔って候〜
    [ 2012-03-06 00:10 ]

 

龍馬は英雄か?

日本人の好きな英雄、そして幕末の三大英傑坂本龍馬・・・・・


その今までの武士社会にない瑞々しい感覚で数々の事業を起こし幕末を駆け抜けた英雄である。

薩長同盟、大政奉還、株式会社、新婚旅行・・・その他諸々・・・・



幕府は大政奉還する。
その後坂本龍馬は新政府の役職を任せる人を考え、それを名簿にし西郷、大久保ら薩摩藩士に見せに行く。
しかし、その役職名簿の中には坂本龍馬の名前はない。
龍馬は薩長同盟、大政奉還など明治維新に重大な貢献のある人物である。
革命にそれだけの貢献のある人物が新政府の要職につかないなど聞いたことがないだろう。


西郷「坂本さあ、この名簿に土佐からでるべきおぬしの名前が落ちちょりもんど。」
坂本「わしか、わしはでらん。」
西郷「なぜでごわす。」
坂本「窮屈な役人をやるがは性にあわん。」
西郷「役人が嫌なら坂本さあは何をやられもす。」
坂本「わしか。そうさな、世界の海援隊でもやりますかいのう。」

あっけにとられる西郷ら薩摩藩士。

「その時の坂本は西郷より一枚も二枚も上手に見えた。」

それが一緒にその場に居た龍馬の右腕と呼ばれた海援隊隊士陸奥宗光の感想である。



よく語られる龍馬伝説の山場の美談だけど・・・・・この美談に何か違和感を感じてきた。



国事奔走前の坂本龍馬・・・・・まだ土佐の一郷士の時代・・・

国許にいても次男坊である龍馬はやる事が無い・・・・・・
厳しい身分制度の土佐じゃ仕官し城仕えも出来ない。
上士が全てを牛耳っていて下士の龍馬に出る幕が無いのだ。
実家の坂本家も才谷屋もかなり年上の長男権平兄が仕切っている。

つまり国許土佐じゃ裕福であるが何もする事が無いのだ。


そして龍馬は江戸留学した後、一旦国元に帰り脱藩し本格的に国事に奔走する。


グラバーに接近しその他長崎の豪商らに資金援助を貰い亀山社中を起こし海援隊を起ち上げた。


つまり龍馬は商売がしたかっただけではなかろうか???

海援隊クラスの貿易総社を運営するにあたって邪魔なのは幕府の干渉である。

龍馬にとって倒幕はあくまで商売の邪魔者の排除だったのではなかろうか?
思想で動いたんではなくて利益で動いた・・・・・

幕府の第二次長州征伐時の長州援護参戦も長州と言う海援隊の大スポンサーへの出向サービスだったのでは・・・・・


土佐の才谷屋の次男坊は根っからの商人だった。

勢いに乗る長州に加担し目に見えて弱体化しつつある徳川幕府を叩くのはたやすく見えたのだ。

商売上にも加担すればかなりその後の海援隊の運営に有利と駆け引きした。
しかも長州に加担し勝利すれば土佐藩に対してもかなり立場向上となる。

その後伝説はどんどん脚色されて果てには人民の為みたになっちゃったんではないだろうか?

「わしか。そうさな、世界の海援隊でもやりますかいのう。」は最初から本気でそのつもりだったのだ。

龍馬が頭に描いた絵は既に世界的規模の海運産業の大きな利益のみであった。
薩摩長州土佐幕府がどうなろうが知ったこっちゃない・・・・・
維新後の事なんか誰がどうなろうが国民がどうなろうが蚊帳の外・・・・・

でもそれは悪い事では無い・・・・・



やはり龍馬は英雄には違いないのだ。

by glass-jaw-hopper | 2012-05-23 00:55 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

毛利長州はまた来る

中国地方の一豪族に過ぎなかったのに、どんどん勢力拡大して中国地方一の大名になった毛利氏・・・

当時最大の勢力のあったライバル尼子一族も滅ぼした。
その残党の末路の話が横溝正史「八墓村」である。

厳島神社信仰の毛利と出雲大社信仰の尼子一族の戦いは宗教戦争でもあるのだ。
宗教戦争は中東だけでは無い。

その後織田信長勢力に押されたが、豊臣政権時には既に復活・・・・更に勢いを増す・・・・



そして関ヶ原では豊臣勢力石田三成側につき敗戦・・・・藩は山口一県分に縮小される。


でもその280年後幕末には薩摩土佐と組んで最大勢力となり徳川幕府を崩壊させ明治維新となる。


その後第二次大戦敗戦まで政府要人を数多く輩出し政府を牛耳じた・・・・・




つまり毛利長州は戦国の昔から近代まで勝ち・負け・勝ち・負け・拡大・縮小・拡大・縮小を繰り返すのだ。

今は負け・縮小の時・・・・・

今度また絶対顔を出すはずだ。

by glass-jaw-hopper | 2012-05-21 15:07 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

負の遺産

ドイツ国内もしくはオーストリアに今「ヒトラー」って苗字はあるのだろうか?

ロシア国内に今「ラスプーチン」って名はあるのだろうか?

プーチン首相って本当はラスプーチンらしいけど勝手にプーチンと変えたんだそうだ。

つまり小田口田口に変えちゃったわけだな・・・・


「ヒトラー」ってのは名字であるわけなんで系図的に残っているはずだよね・・・・・
付けなきゃ済む名前と違って苗字なんだもんね・・・・・

アドルフは一杯いそうだけど、「ヒトラー」って名字はインパクトあり過ぎて大変なんだろうなぁ〜

世界中のラスプーチン、ムッソリーニそしてヒトラーさんらは大変だろうな・・・・


日本では織田さんもいるし明智さんもいる、源さん平さん藤原さん徳川さんだっているけど豊臣さんはいない・・・・・

何で?完全に滅ぼされてしまったのだろうか?


徳川幕府の時代豊臣姓では弾圧され生きられなかったんだろうけど・・・

ならば平姓は?

やはり源時代には平はみな落ち武者として継承したのだろうか?







豊臣も滅亡姓は明治維新後の新しい苗字なのだろうか?
















不思議に思うことがある。

平家源氏の時代から鎌倉幕府、戦国時代、江戸時代に掛けての武士社会・・・・・

その武士が台頭した年月は1000年以上に渡る・・・・・・


何で今刀が残ってないのだろう?

明治維新後の新政府の廃刀令まで武士侍らは刀を帯刀していた。

一万人居れば一万本・・・大小拵えの二本差しもいるから二万本・・・・・

その他庶民らも差してた長脇差、ドス等を含めれば現代に残る刀の本数は膨大な数なっているはずなのだ。

親から子へ譲られた場合もあるだろうが、武士の親子なら下級武士であろうがそれぞれ刀を帯刀していたはずである。

でも見渡してみても身の回りに刀なんて残っていない・・・・・・

その地その地の城なんかに入場料払って入館して資料コーナーなんかを見るとガラス張りの展示ケースに二振り三振りちょこんと鎮座し展示されているに過ぎない。





どこへ消えたのか?

その過去の1000年以上に渡る時代の武士、侍の人口を考えるとそこら中に大小、名刀、なまくら刀が転がっていてもおかしくない数だ。


まとめて廃棄されて誰かが溶解したのか?



ここ最近に刀狩でもあったのだろうか?


映画ドラマを見ていると渡世人らも刀を差している・・・何故だ?
苗字帯刀は武士しか許されていないはずだ。
渡世人らの素性は百姓の次男坊以下らの家督を継げないあぶれた流れ者のヤクザで武士ではない。
つまり帯刀は許されていない身分である。

ところがここに不思議なグレーゾーンがあるのだ。

「刀」はダメだけど「ドス」は許されるのだ。
「ドス」とは脇差しであり本来メインの刀のサブとして存在する刀である。
そして更に妙なモノがある・・・「長脇差」・・・・「長ドス」である。

既にそれは立派な刀である。
刀であってもこれは「長ドス」だと言えば武士でない渡世人ヤクザも帯刀出来たのだ。

つまり武士の特権は帯刀に関しては「二本差し」だけなのだ。

まったく日本の風習って曖昧なグレーゾーンが多々存在するようだ。




それも江戸時代後半になってくると裕福な商人らがこぞって貧乏な侍から侍株を買って武士になったりした。
下級武士の中にはそんな商人あがりの武士も二本差しで大手を振ってまかり通っていたのだ。


土佐の郷士坂本龍馬も才谷屋って商家の次男坊であった。

元々出生も戸籍も曖昧な時代、いくらでもにわか武士になれたんだろうと思う。




だから後世の今の世に現存する刀の数があまりに少ないのが納得出来ないのだ。

by glass-jaw-hopper | 2012-05-17 00:41 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

新説、巌流島

初夏になり、雨季が近付いてきた。


不思議に思う事がある。

江戸時代、武士が刀を腰に下げていた時代・・・・・

落雷事故って無かったのだろうか?


小さなネックレス、ファスナーにさえ落雷はある。

ましてやあんな金属の塊の刀なんてもっとも雷が落ちやすいだろう。

今に比べ建物も低く避雷針も無い・・・つまり人への落雷直撃率は現代に比べかなり高いわけだ。



当時雷は雷様として庶民に認知されて太鼓叩いてピカピカゴロゴロ上空でご機嫌でやっていると思われていた。

つまり誰も雷が電気だと知らなかったわけである。



落雷事故は無かったのだろうか?


宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘した巌流島・・・・・

武蔵と小次郎が決闘を行った日時は、『二天記』(安永5年(1776年))によると慶長17年4月13日(グレゴリオ暦では1612年5月13日)に行なわれたといわれるが、それより半世紀前に書かれた立花峯均による『丹治峯均筆記』(享保12年(1727年))には武蔵19歳のときとあり、決闘時期には諸説あって実際は不明である。

日時は色々諸説あるが初夏から雨季のあたりは間違いなさそうだ。

当時の様子を描いた絵によると武蔵は刀でなくて木刀で長剣の小次郎と対戦している。

絵によっては巌流島に向かった船の櫓で戦っている図も存在する。
いずれにしろ小次郎の固定した長剣に対し武蔵は木刀か櫓で戦っている。


何故だ???

刀に対して木製の武器じゃ不利極まりない。

サクッとスコンッと切られてしまうではないか・・・・・


それまでの他流試合でも武蔵は木刀で立ち会っている。

相手を撲殺していたりするが、それは相手も木刀での試合だからである。



今の剣道のような竹刀と防具が登場するのは江戸時代になり北辰一刀流の千葉周作道場が考案してからである。

太平の世になり北辰道場には武士以外にも庶民の町人が剣を習いに来たそうだ。


北辰(ほくしん)・・・・今は街のジムのボクシングに庶民が通う・・・・・








季節の不安定な雨季の巌流島・・・・・

当時巌流島は雷が鳴っていたんではなかろうか?

正に芝居の結構シーンにふさわしい舞台演出である。



そして武蔵は落雷の原理を知っていたのでは?

山育ちの武蔵は落雷する様を何度も見て育ったに違いない。






何も遮蔽物の無い平たい浜辺で雷がピカピカゴロゴロしている時、金属製の長い刀をかざす小次郎・・・・・・


その状況を見て武蔵は自分の刀を捨て木製の木刀か櫓に持ち替えて決闘に挑んだ。




小次郎は落雷で死んだのだ・・・・・・

サーファーの小さなネックレスの金属片にさえ落ちる雷・・・
浜辺で剥き身の長い刀に落ちないわけない。


鞘を捨てた小次郎に「小次郎敗れたり!」と言ったのではなくて落雷しそうな天候時にいかにも雷が堕ちそうな長い刀を無知に構える小次郎に言ったのだ。



誰も唱えなかった新説である。

by glass-jaw-hopper | 2012-04-29 14:38 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

トムソーヤの探検

トム・ソーヤの冒険は幼い頃から好きな作品だ。
何たって子供、悪戯小僧視線で生き生きと書かれているのがいい。

この作品は世界中で人気があるのだが、本国アメリカを除いて中でもとりわけ日本で人気が高いそうである。
その発行部数と出版形式のバラエティーさが物語っている。
よほど日本国民は鬱積していてこの作品の清涼感に惹かれるようだ。
風来坊の寅さん、泥棒のルパン・・・そして悪戯小僧のトムソーヤ・・・日本の人気者は皆反社会的である。

子供らが幼い頃寝しなに読んで聞かせたはいいけど物語が長過ぎて途中で挫折した。
その後はアニメに任せる事となったわけだが・・・
保育園前の娘がトムがベッキーサッチャーと婚約するに当たって得意気に以前は違うクラスメートの子と婚約していたと言って怒らせた下りで「あ〜あ、そんな事言わなけりゃいいのに・・・」と呟いたのには驚いた。
上の長男次男、そして俺までも何を言っているのか何故ベッキーが怒るのかわからなかったのだ。
さすが女の子だと感心した。


そして物語は進み、話はトムハックvsインジャンジョーの様相を呈してくる。
中弛みする事無く驚異的なクオリティで進んできたこのアニメは更にインジャンジョーの出現で緊張感を加え最終まで目を離せない流れを作る。
俺はどうも名作劇場シリーズ屈指の悪役で恐怖の対象として描かれているインジャンジョーが何故か好きである。
白人とインディアンのハーフのジョーは町の人から疎まれて生きている。
近所からは時々豚を解体して食っているなんて悪口を言われ人間扱いされていない。
でも悪童トムに対し直接危害を加える事はしない・・・その存在感とオーラにトムらが勝手にビビっているだけだ。
結局人殺しをしてトムが目撃承認して待ちから追われる身となるわけだが・・・
俺の視線はお人好しのマフ・ポッター視線である。
恐怖の対象で周りから恐れられていた松田優作の周りでチョロチョロしている理解者佐藤蛾次郎的とでも言おうか・・・・・

そして物語は進み最後はインジャンジョーが隠した海賊の財宝をトムハックが見付けて二人は大金持ちとなるわけだ。
実に痛快な話である。
それまでトムを困った悪戯小僧と軽んじてきた田舎町「セントピーターズバーグ」の大人達は見事に逆転されるのだ。
宿無しハックも同じく大金持ち・・・でも彼はその財産のため窮屈な良い服を着させられ後見人の家で躾けをされる羽目になりがんじがらめの日々に根を上げトムに譲ろうとする。
必要な時だけ10セントくれればいいとか・・・
ハックにとって財産なんて興味無いモノなのだ。

自分の村、町の小僧二人がラッキーで桁外れの金持ちになったらその他の住人はどうだろうか?
きっと心穏やかではないだろう。
無人島にトムとハックと一緒にいかだ冒険したベンだって穏やかじゃないよきっと・・・・・

トムソーヤの冒険の続編ハックルベリーフィンの冒険ではあまり二人の財産について触れていない。主人公があまりに金持ちじゃ物語が出来ないのだろう。
その辺りはヘビー級世界チャンピオンになった超金持ちロッキーバルボアが5でいきなり詐欺に遭い財産を失った事として再出発したのに似ている。
ドル箱ロッキーを更にシリーズ化進行するに当たって、ソビエトのチャンピオンをも下し頂点に行き着いた感のあるロッキーを素に戻すにはこうするしかなかったのだろう。
金持ちロッキーじゃ庶民のファンが離れるとふんで畏れたに違いない。

それにしてもセントピーターズバーグの大人達は良心的である。
たかが10歳の少年からなんてなんぼでも騙し取れそうなものだ。
二人が心底憧れ傾倒してるミシシッピ河を上下している蒸気船数隻と交換なんてしたらすぐに乗ってきそうなものだ。
それでも誰も騙し取ろうとはしない。
やはりこの町の住人らは良心的なんだろう。


後から見るこの時代は実に魅力的だ。
でも実際は疫病が流行り、戦争があり、貧困もあり、奴隷制度もまだあって犯罪者アウトローらは我が物顔で横行したひどい時代だったに違いない。
それでも何故か現代人には実に魅力的に映るのだ。
ディズニーランドでもトムソーヤ島は大きな面積を占めている。

何故かこのアニメは俺が辛い次期に放送される。
真っ新の一回目は高校時代の締め付けがきつい次期・・・毎度毎度その鬱積した次期に被せて俺を慰めるように放送するのだ。













ディズニーランドのランド内を流れる河・・・
そこを横断就航する蒸気外輪船に乗るとトムソーヤ島がある。

ややその他派手なアトラクションエリアと違い洞窟迷路とかハシゴとかフィールドアスレチック系のナチュラルで素朴なアトラクション主体の疎外されたような島である。

昼食後の午後になると園内各所からパパらが自然にこのトムソーヤ島に集まり出す。

そう、トムソーヤ島にはあちこちにベンチがあるのだ。

ここで皆居眠りをしているのである。

休日早朝から家族を車に乗せて家族サービスしているパパが、ちょっと仮眠をとりにやって来るのだ。



大抵はトイレ行く振りしてしばしの安楽を求めやって来る。
以前のように1回退場して駐車場の自分の車の中で寝るって事が出来ないシステムになってしまったのは痛い・・・・・

前の日は深夜残業だ・・・家族らは朝一から入場して遊びたがっているので自分も日の出前に起きて運転して来たのだ。

完全に寝不足状態で寝場所を求めるように集団で船に乗って島に上陸するパパら様はまるで奴隷船で運ばれて来た奴隷のようだ・・・・・

疲れて惚けた労働者満載で船は接岸される。


「マーク・トウェイン号」にあらず、その船の名はだれが呼んだのか・・・・・



少年の夢のトムソーヤは皆寝不足のおっさんになって集まって来るのだった。

しばしの仮眠を取った後「迷っちゃってさぁ〜」とうすら笑いしながら家族と合流し帰りの運転の鋭気を養っているパパ・・・・・

頑張れパパさんら・・・・・


ディズニーランドのアトラクションの一つでスリーピングワールドなんてのを作ったらパパらに凄い人気だと思うよ。

2時間待ちぐらいのね・・・・・






眠れる森のおっさん・・・・・

by glass-jaw-hopper | 2012-04-27 00:53 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(6) 

岡田以蔵、人斬り以蔵

岡田 以蔵(おかだ いぞう、天保9年1月20日(1838年2月14日) - 慶応元年閏5月11日(1865年7月3日))は、江戸時代末期の土佐藩郷士、志士。
司馬遼太郎の小説名から「人斬り以蔵」の名でも知られる。

聞けば高知には「岡田以蔵」って銘酒があると言う。

最近まで墓も無かったそうだが急に人気が出てあの世で以蔵は驚いているかも知れない。

ドラマ配役のキャスティングで以蔵はイケメンが採用されるようになった。
人気キャラである。

以蔵人気を決定付けたのは大河の以蔵役のショーケンだろう・・・哀れな犬みたいな以蔵を演じたけど当時のショーケンが演じればどんな役柄も格好良く見えてしまった。

でも実態の以蔵は荒んだ男であったと言う。

土佐藩の下層階級の更に下の階級の男であった。
禄も無いので普段は農作業し戦になれば足軽に駆り出される・・・・・

ドラマ漫画映画では幼い頃に半平太、龍馬と交流があり友情があったがの如く描かれているけど実際に彼らに交流が出来たのは随分後の頃である。

確固たる思想も無い以蔵は佐幕派の人間を斬り、龍馬に言われれば幕僚勝海舟の警護に就き刺客の本来味方であるはずの尊王攘夷派も斬っている。

結局は半平太の刺客として捨て駒のように使われ、時勢が佐幕派に寄ると藩に捕まり拷問の末に斬り捨てられた。

最近以蔵の所有物であったとされるフランス製のピストルが展示されている。
龍馬の推薦で護衛していた勝海舟から渡されたピストルらしいがまったく使用した痕跡はない。

縛士の寺田屋襲撃の際拳銃で難を逃れた龍馬と違い、以蔵には新しいモノを取り入れる能力が無かった。

哀しき以蔵・・・彼は志士ではなかった・・・・・ただ利用された哀しき殺し屋・・・
金が入ると酒に女に使い、いい気になって志士気取り・・・実にわかりやすい男である。

同じ土佐出身の最下層階級の地下浪人岩崎弥太郎にも差を付けられた。
虫けらのように殺され野の骸に晒された以蔵・・・三菱財閥を築き上げた弥太郎・・・・

龍馬・弥太郎・以蔵の違いは何だろう?

同じ時代を駆け抜け、藩では同じ下層階級の男達の明暗を分けたものは何だろう?

それはやはり志(こころざし)であろう・・・

人は希望がなければ生きていけないけどは時に厄介な邪魔者にもなる。
だからあまり志を持つのは考え物でもあり畏れもする。



単純な勝ち抜き戦トーナメント指向の以蔵に対して龍馬・弥太郎はペナントレース指向であった。
そこで負けてもあそこで勝てば良いと考えた。
実際龍馬・弥太郎は失敗も数多く苦渋を舐めている。
これは永ちゃんも同じ事を「成りあがり」で言っている。


大きな時流、大きなうねり、潮の流れには逆らわず身を任せさざ波を気にしない生き方・・・
これは中々出来そうで出来ない・・・・
いつもさざ波に翻弄され大きな流れに乗り遅れる。


哀しき人斬り以蔵・・・彼は時流に取り残されさざ波に潰され野に果てた・・・・

そんな以蔵を誰も笑えない・・・・・

by glass-jaw-hopper | 2012-04-23 22:53 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

乗ってみたい

嵐の後の抜けるような青空・・・・・

今回の嵐は充満していた花粉を水洗いしてくれたようだ。



どんな高級車もいらないから大戦の名機のレシブロ機に乗ってみたい・・・

ブアンッと飛んでみたいものだ。

しかし英国機のボディラインは綺麗である。

同じ連合軍の米国機が合理的さに徹したのとはちょっと違う。


敗戦国ゆえ日本が誇るゼロ戦は全部撃墜されて残っていないけど、水上機タイプのゼロ戦が特攻したって記録が無いにも関わらず一機も残っていないのは何でだろうか?

とにかくオープンコックピットのレシブロ機に一度で良いから乗ってみたいよ。


いつまでもローテク単車に乗り続けているわけはそんな飛行機のイメージがあるからかも知れない。

by glass-jaw-hopper | 2012-04-04 00:51 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

ふと考えた

日本人は随分昔から捕鯨をしてきた。

土佐では鯨と鰹漁が盛んであり司馬遼太郎の小説でも出てくる。

土佐の藩主殿様山内容堂公は自らの藩で散々鯨捕っていたんで自らを「鯨海酔候」なんて称していた。

これもある意味思い入れと愛情の表れであろう・・・ちょっと変な愛情だけどね。

つまり日本人は肉を食ってきていたのだ。

文明開化の明治になってから肉を食ってきたと思われている日本人はもっと前から肉食だったわけである。
牛豚は食べなかったけど鯨肉は食っていた。

日本では宗教上の理由などから「肉食」が忌避されたり、公式には禁止される時期が歴史上で度々あったが、欧米の場合と同じく「魚」として食用にされていたようである。



しかし当時どのような鯨料理だったのだろうか・・・?

ステーキみたいにして焼いて食った?
煮物?
刺身とか?
既に竜田揚げにしていたとか?



高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。

史実では「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。
十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の煮付け」を紹介している。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」があったらしい。




坂本龍馬は軍鶏鍋が好物で初めて桂小五郎と出会った時も軍鶏鍋を田舎屋で二人でつつき、暗殺される慶応3年11月15日( 1867年12月10日)も軍鶏鍋を所望し小僧に買いに行かせていた。

つまり鶏は食っていたのだ。
野菜と魚だけは無かったわけだ。
勿論唐揚げもフライドチキンも焼き鳥も出てこない・・・ひたすら鍋である。

鯨の場合は・・・・・

だからここはやはり定番王道は鯨鍋だったのだろう・・・・

つくづく日本人と捕鯨ってのは歴史があるんだなぁ〜


あくまでも鯨を「でかい魚」として捉えていたのが興味深い。
薄々これ魚ちゃうんちゃう?なんても思っていたろうけど誰もそれを言わなかったっぽい。
言っちゃったら宗教上の理由で食えなくなっちゃったり面倒臭い事になるんでね・・・・・

ガリレオガリレイが地動説を唱え処刑される前も船乗り達って丸い水平線を見てもしかしたら地球って丸いんちゃう?なんて思っていたろうね~
やっぱそれ言っちゃうと面倒臭い事になるから黙っていたんだろうけどね~



岩崎弥太郎は長崎常駐時代に豚肉を食う事を始め、仲間から人間扱いされなかったそうだ。
わざわざ中国の華僑の店まで豚肉を買いに行かせたらしい・・・
買い物に出された土佐藩小者は本気で気味悪がったそうだ。

海外の絵画に比べどの日本の絵画も描かれている日本人庶民はクタァ〜と半身で横たわっているシーンが多いのは肉食しないからだとやや強引に結論付け率先し豚を食っていた。
その先見の明と誰が何と言おうがやってみせるバイタリティはさすが一代で三菱を立ち上げた創立者である。

ここでもその豚の料理は紹介されていない。
多分長崎に出張っていたアメリカ大使館やイギリスフランスの領事館の料理を真似たであろうからステーキやソテーだろう。
もしくはやはり鍋とかね・・・・・
土佐藩邸にそんな料理作る料理人も道具も無さそうだから簡単に焼いて食ったとは思う。

しかし弥太郎さんだってその他土佐藩士だって地元土佐では鯨を食っていたわけだ。

やはり鶏豚と鯨は何か違うのだろうか?

by glass-jaw-hopper | 2012-03-23 23:25 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0) 

ユダヤの民

昔からユダヤ人に興味があった。

まず最初にもの凄くダスティン・ホフマンに傾倒し憧れた事から始まる。

人生が変わる程彼は俺に影響を与えた。

高校時代から大ファンになって深大寺でお守り買ってニューヨークの彼の事務所に送ったぐらいである。



ハリウッドスターの実力演技派の三羽烏・・・・・別名小男三羽烏小さな巨人・・・

ダスティン・ホフマン、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ・・・・・・アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロがイタリア系の彼らが治安の悪い貧民街に育ったのに比べホフマンはユダヤ系の裕福な家で育った。
幼い頃からピアノを習い、ゆくゆくはピアニストになるつもりだったらしい・・・・・
ホフマンがピアニスト?
何かとても似合うような気がする。

そして俺の好きな人がユダヤ系が多い事に気付いた。

コーエン兄弟、スピルバーグ、デーブ・スペクター・・・・・




そして1980年後半に俺は海外で仕事をしていた。

最初世話になった日本人レストランのオーナーの家から免税店で働く事になったタイミングで自分の家を探し出した。

日本人協会の世話人で旦那が日本人と言う親日派のリンダさんから紹介してもらった家は豪邸の離れに建てられた家だった。
その家はユダヤ系の家でそこのお婆さんの離れの家を貸してくれるって事だった。

訪ねてみたら広い芝生の庭には噴水なんかあって立派な家であった。
プールもあって、そこの若奥さんが子供と戯れていた。

大家さんがそのお婆さんで何でも子供らが自分のために建ててくれた離れの小さい家を人に貸して、その家賃で自分はちょっと安い家に住むそうだ・・・・・・

その経済感覚はちょっと新鮮で正直たじろいだ。

だって子供らが自分のために建ててくれた家を人に貸して家賃収入を得るなんて・・・日本じゃ子供らに怒られそうだよ~

そのお婆さんだけかと思いきや、その界隈ではそんなシステム採用している豪邸が結構あったのだ。
リンダさんに聞けばそんな物件のオーナーはほぼ全てユダヤ系の人らだそうだ。

映画「戦場のピアニスト」で興味深いエピソードがあった。
ポーランドのユダヤ人一家がナチスの侵攻によって強制収容所に送られる時、一家の長のお父さんが皆で最後甘い物を食べようじゃないかと集められたユダヤ人らの中で箱をぶら下げ売り子をしている同じく収容所行きの少年からキャラメル一粒を何シリングで買うのだ。
何でそんなに高いんだ?今更儲けてどうする?と小さなナイフで一粒のキャラメルを切り分けながら言うお父さんをよそに少年は値下げもせずに憎まれ口を叩きながら商売の続きをする。

凄い商魂である。


俺の仕事は団体客をホテルに迎えに行く送迎もあったのだが、そのでかいホテルのオーナーは全てユダヤ系列である・・・・・

第一次湾岸戦争が始まるとそのユダヤ系ホテルは全てテロのターゲットになり急に警備セキュリティーが強化されてしまった・・・・・


その免税店のオーナーもユダヤ系だった・・・・・

何か凄いユダヤ人の力を見せ付けられた海外生活であった。

住む場所から職場までユダヤ系列なのだ。




結局家賃が合わず、俺はイタリア系のおばちゃんの家の離れの家に住む事になったのだが、最初の契約がしっかりして入居の時間まで決められたユダヤ系の家とはまったく違いドンブリ勘定で大らかで適当なイタリア系の家に居付く事になった。

実はその離れの家も前借りて住んでいた中国人が引いた電話代200ドル踏み倒して出て行ってしまったらしく、俺は東洋人の名誉回復を掛けて大家のイタリア人のおばさんに親切に接した。
そのお陰でカンツォーネの会なんかに招待されるまでになったのだ。



その借りなかったユダヤ系の家のオーナーのお婆さんの孫の男の子は強盗にホールドアップされて殺されている・・・・

ホテルとテロ、豪邸と強盗・・・・・・富と悲劇が同居しているのだ・・・・・





ナチスのユダヤ人排斥と虐殺粛清・・・・・・

ヒトラーとナチスの大きな間違いはこのユダヤ人らの優れた経済力とそのずば抜けた商才を利用しなかった事だ。

排斥虐殺するのではなくて共に手を組んで、その知恵を借りていたとしたらもしかして今頃は広大なドイツ帝国が築かれていたかも知れない・・・・・

彼らは金の卵を産む鶏を目先の没収財産に目が眩んで潰してしまった。

ユダヤ人らを排斥したために滅んだドイツ第三帝国・・・・・・
ユダヤ人らを受け入れて繁栄したアメリカ商業帝国・・・・・・





彼らはとても優秀だ。

医者・弁護士・教師・金融・経営者・・・・・そして俳優、音楽家、作家、映画監督、アーティスト・・・・・

尊敬に値する人達である。





そんな俺だけど、一人だけユダヤ人を敵に回してしまった過去がある・・・・・




彼の名前はマオカム・・・・・・


マオカムに出会ったのは海外で免税店の営業マンをしていた頃だ。

ブッシュの親父がアラブで最初の戦争を仕掛けた時代だ・・・・・
お客を迎えにホテルに行くと大手財閥ユダヤ系ホテルはテロ厳戒体勢であった・・・・・

空港も厳重な警戒態勢で、そんな中を俺はせっせと客を迎えに送りに忙しいようなそうでも無いような日々を送っていた・・・・・・・

俺がもうすぐその店を辞めて次の街へ行こうって時にマオカムは入社してきた。

ヒョロッとした白人男性で赤毛の天パー細い顔、どことなく何故かニンジンを連想させる容貌を持つ男・・・・・

日本じゃ「マルコム」って言うんだろうけど、あちらじゃ「マオカム」だ。



マオカムは大学院生でもあるインテリである。

あちらじゃ大学院とか通いながら仕事している人も多く雇用の仕方、契約の仕方は多種多様・・・・・
別に大学院生が社員なんてのも当たり前みたいだったのだ。

このマオカムがやたら俺に興味を持った・・・・・

日本が好きらしい・・・・・

タバコなんか吸わないくせに誰か日本人スタッフにもらったマイルドセブンなんかを大事に持っている・・・・・・

好きな映画は黒澤明「用心棒」・・・・・

ペットのネコの名前はどこで聞いたのか黒いから「スミ」・・・・・・・よほど日本好きなんだろう・・・・・・



日本語もかなり話せる・・・・・
免税店にとって一番のお客は日本人団体ツアー旅行客・・・必須ではあるが・・・・・


当時は日本企業がガンガン海外進出していた頃・・・日本語を学びたいって現地人がよく近付いてきたりしていたのだ。

よくわからないがマオカムの専門は「哲学」とか・・・・・確か・・・・・



まず聞かれたのは「宗派」だった・・・・・・

そう外国ではよく聞かれる・・・・・ここで無信仰とか言うと危険人物とか思われてしまう時がある。
そうでなくても人間扱いされない場合も多々ある。

無宗教、無信仰はジョン・レノンぐらいでないと世間は認めてくれないのだ。


しかし俺もその頃は海外の生活も慣れた頃であった・・・・・
焦らず「仏教徒」と答える・・・・・・

間違ってはいない・・・・・盆正月を祝うわけだから仏教だ・・・・・ばあちゃんちには仏壇だってある・・・・・・・


ここで油断した・・・・・・更にどの宗派か?と聞いてきた・・・・・・





え?・・・・・・・仏教は仏教だけじゃダメなの?・・・・・・



そうマオカムは真面目なのだ・・・・・普通ここまで聞かれるケースは少ない・・・・・

真剣な目で聞いてくるマオカムに俺はややたじろいだ・・・・・・


えぇ〜とぉ〜・・・・・よくわからんぞぉ〜・・・・・う〜んと・・・・・・



なんせ、日常会話でいきなり女の子が「何で天皇に戦争責任は無いの?」とか聞いてきて面食らう国・・・・・
日本じゃ当時女の子はバカな振りしていればモテるけど、この国はバカな子でもインテリ振る国なのだ・・・・・・


そうそう仏教の宗派だ・・・宗派・・・・・・・



えぇ〜とぉ・・・・・何だっけ・・・・・浄土真宗だっけ・・・法華経だっけ・・・・・

下手にどっちか言ったら突っ込まれるぞぉ〜
答えられないと軽蔑されるぞ・・・・・・


何か寺の名前を言おう・・・・・・うん・・・・・それがいい・・・・きっといい・・・・・・


い、伊勢神宮?・・・・・明治神宮・・・・・あ、あれは神社だ・・・・・・



寺の名前・・・・・・えぇ〜とぉ・・・・・・

更にわからんぞぉ〜


本能寺?・・・・・・

あれ?明智小五郎が織田信長と一緒に燃やしちゃったっけ?


ほ・・・・・本願寺?・・・・・・あったよな・・・確か・・・・・・

消失したっけ・・・・・・

「ゆく年くる年」で出てたよなぁ〜・・・・・

どうだっけ?

どっちだ?

まだあったっけ?

歴史上の寺だっけ?


かと言って咄嗟に寺の名前なんて出て来ない・・・・・






目をキラキラさせて俺の答を待つマオカム・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「た・・・・・他力本願寺・・・・・・派だよ・・・・・・・・」

「タリキホンガンジ?」

「そ、そうそう他力本願寺派なんだ・・・・・」

「シリマセン」



「そ、そりゃそうだよ〜特別な宗派なんだぁ〜他力本願寺派は・・・・・」


「タリキホンガンジ・・・・・オォ〜・・・・・」


ここらで俺は、あっ!そうだと電話を取り上げ仕事の振りして何となくマオカムから忙しい素振りで逃げた・・・・・・
電話の相手はいきなりもう終わった仕事の用件を確認したいと振られて慌てていた・・・・・



そうマオカムは真面目なのだ・・・・・





数日後シフトで一緒になった時、あの後色々調べたがタリキホンガンジはわからなかったと言ってきた・・・・・・

まだぁ聞くかぁ〜!すぐ忘れるか白黒はっきりさせないで適当にぼやかす知恵のある日本人とは違う国民性・・・・・
未だにナチハンターも居ると聞くし・・・・・・・

今さらあれは出鱈目だとは言えなかった・・・・・

そうマオカムは真面目なのだ・・・・・それは怒らせたら怖いって事も意味している・・・・・・

完全に「あれは冗談だ、イッツ・ア・ジョーク」って言うタイミングは逃してしまっていた。


「そ、そりゃそうだ・・・・・あまり日本人でも知らないもん・・・・・密教だよ密教・・・・・」

「ミッキョー?」

「つまりシークレットなんだよ、秘密の宗派」
よくわからないが忍者の指を二本立てて手を組む振りと立て続けにシュシュシュって手裏剣を投げる振りをしながら説明する俺・・・・・何となく説得力があるような気がしたのだ。

「オォ〜ヒミツ!・・・・・シッテマス・・・シッテマス〜!」
同じ様に忍者の指を二本立てて手を組む振りと立て続けにシュシュシュって手裏剣を投げる振りをしながら納得するマオカム・・・・・

フゥ〜・・・・・・なんか納得したみたいだ・・・・すり替え成功・・・・・・まやかしの術だ・・・・・
とにかくこの話題は避けよう・・・・・・

これ以上は聞かないで欲しい触れないで欲しい・・・・・なんたってミッキョーなのだ・・・・・・
あまり人に話せないのだ・・・・・ってニュアンスを残したつもりだったが・・・・・

その辺は国民性の違いを計算していなかった俺・・・・・まやかしの術はすぐに解けた・・・・・



数日後・・・・・・・

俺は窮地に立たされていた・・・・・・

マオカムの大学に俺は居た・・・・・・

マオカムに誘われてオフの日に大学の見物に来たのだ。

海外のキャンパスライフを見たいってのと学食カフェテリアに行ってみたかった。

そこで俺は彼の学友に紹介された。
男女混合のそのグループは服装こそラフだけど皆真面目そうな学生さん・・・・・・

教室の端っこに数人丸く椅子を寄せた一角に俺は居た。

「タリキホンガンジ」の紹介だった。

皆真剣に俺を見ている・・・・・・

英語が苦手って事で適当に話せばいいやと思ったけど皆ある程度日本語が話せるのだ。

しまった・・・・・・こんな事なら大人しく家のモノクロテレビで当時放送されていたツインピークスでも見ていれば良かった・・・・・・
わけのわからない英語とわけのわからないストーリーだがこんな所で脂汗流しながら居るよりマシだった。
まだ当時はツインピークスはそんなに流行ってなかった・・・・・・
日本じゃ売っていないケンタッキーのバケツ大のコールスローでも食べながら、それはそれでハッピーなオフの日を楽しめたのに・・・・・・・

でもアフターフェスティボ〜後の祭り・・・・・・

俺は・・・・・・ありもしない宗派について話し出した・・・・・


憶えている話は・・・・・他力本願寺の教えとは・・・・・

人間は愚鈍であれば良いと言うありがたい教えであり・・・・・・
つまりは老子の考えを元に〜・・・・・・
老子とは・・・・・え?皆知っている・・・・・・そりゃそうだよね〜・・・・・東洋の偉大な思想家、儒教者だもんね〜・・・・・

とにかく他力本願であり・・・・・つまり人は牛であるわけです・・・・・・
牛は・・・・・えぇ〜人間が草を与え・・・・・水場まで連れて行ってくれるわけでして・・・・えぇ〜・・・・・
メモとっているんですか?・・・・・そうですか・・・・・・

そうそう・・・・優れた他人に任せる事でぇ〜自分はそれに甘え任せて、良質のミルクを出す事に専念すればいいわけでぇ〜

え?他力本願寺はどこにある?ですか?・・・・・・

えぇ〜他力本願寺はですねぇ〜・・・・・・これはですねぇ〜信じる者の心の中にあるわけなんですよ〜・・・・・・
その辺がまことに東洋的でありましてぇ〜・・・・・「釈迦に踊念仏」ってことわざもあるぐらいなんですよ・・・・・・同じ意味の言葉に「豚の耳に念仏」「子はかすがい」ってのもあります・・・・・・

メモとっているんですか?・・・・・そうですか・・・・・・

ボクもですねぇ〜目をつぶればいつでもその寺にお参りする事が出来るわけでしてぇ〜ええ・・・・・

仕事中よく寝ているなんて言われますけど実はあれはお参りしているわけなんですよhahaha・・・・・・(無反応)

メモとっているんですか?・・・・・そうですか・・・・・・


とにかく他力本願であり・・・・・つまり人はヤギであるわけです・・・・・・
ヤギは・・・・・

え?さっき牛って言いましたっっけ?

日本では牛もヤギも同じなんでしてぇ〜

角があるでしょ?どっちも・・・・・・この辺は実に東洋的と言いますか・・・・・・

えぇ〜人間が草を与え・・・・・水場まで連れて行ってくれるわけでして・・・・えぇ〜・・・・・

そうそう・・・・優れた他人に任せる事でぇ〜自分はそれに甘え任せて、良質のミルクを出す事に専念すればいいわけでぇ〜


ね?牛もヤギも同じでしょ?

日本じゃ「角を突き合わす」って表現がありまして・・・・・これは「漁夫の利」とも言います・・・・・・

え?「漁夫の利」ですか?

それはですねぇ〜漁夫は天候によって漁が出来ない日もあり出来る日もあるわけです〜
つまりお天道様には逆らえないわけですよ・・・・・・任せるわけですねぇ〜・・・・・・

つまりここに他力本願寺の真髄がありましてぇ〜天気はどうしようもないわけですね・・・・・・
自分でどうにかしようにも出来ない物もあるぞ・・・と・・・・・・

そこでジタバタしてもしょうがないわけなんですね・・・・・・ならば身を任せましょうよ〜ってのが教えなんですよ・・・・・・

メモとっているんですか?・・・・・そうですか・・・・・・

ここらはやはり日本人しかわからない考え方でありましてぇ〜

自然と共存し身を任せましょうよって考え方は太極拳の考え方でもありまして〜
あの優雅で鷹揚な動きは正にそれでして・・・・・・

はいはい・・・・・そうですね・・・中国でしたね・・・・・

ここらはやはり東洋人しかわからない考え方でありましてぇ〜
ブルース・リーも言ってました「考えるな!感じるんだ!」と・・・・・・

西洋人の貴方方のあまりに具体的な方法論とは違うわけなんですよぉ〜

日本には昔から漢方って薬がありまして〜西洋医学の薬みたいな即効性はあまり無くて違いましてぇ〜効いているか効いていないのかわからないんですが、これが後からジワァ〜と効いてくるわけですよ・・・・・・・

つまりテンプルでは無くてボディへのパンチみたいな物なんですね〜見た目地味なんですけど後から効いて来るわけですねぇ〜

日本の有名なボクサー、矢吹ジョーはこれが得意でした・・・・・
え?知ってますか・・・・・さすが日本のアニメは凄いですねぇ〜

はい?・・・ああテンプル違いですね・・・はいはい・・・・・
ここらはやはり日本人しかわからない考え方でありましてぇ〜

ええ・・・実在したんですよ・・・・・・タコ八郎ってボクサーが居ましてねぇ〜
彼が矢吹ジョーのモデルなんですよ〜

メモとっているんですか?・・・・・そうですか・・・・・・


つまり他力本願寺は脈々と続く日本人の奥底に流れている血を終結した教えなわけなんです・・・・・・・


この調子で後はのらりくらりと話しながら俺の説明は終わった・・・・・・


その後マオカムと一緒になる仕事のシフトは変えてもらってその街を出るまで逃げ切った俺だった・・・・・・・






今でも彼は俺を追っているのだろうか?


by Glass-Jaw-Hopper | 2012-03-11 21:49 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(2) 

嗚呼鯨海酔候、酔って候〜

俺が大学時代ぐらいまで乾物屋スーパーには普通に鯨の大和煮の缶詰なんかが売っていた。

その豊富な肉量に対して安いのでよく買って食っていた。
アパートの下が乾物屋だったんで飯炊いて食っていたのだ。

ワゴンのカゴに100円均一で売っていたよ確か・・・
さっぱりあっさりしていて中々美味であった。


幼い頃オトンがやたら鯨ベーコンをつまみにして酒飲んでいた。〜


何か妙に脂っぽくギラギラ光っているベーコンで子供心にクドそうなベーコンだなぁ〜なんて思っていた。



小学校低学年の頃だったと思う・・・・・

授業中女の先生が「好きなご飯」は何かと聞いてきた。

先生の気紛れ、脱線した授業でどう言う流れかは忘れたが、何故か発表する事になった。
クラスの一人一人の子が順番に「ラーメン」「ハンバーグ」「スパゲッティ」「カレーライス」と発表していった。

中には「寿司」なんて言う子がいて、俺はいいなぁ~なんて思いながら順番を待った・・・・・

そして俺の番・・・・・・


俺が好きな飯・・・・・・






当時夜中トイレなんかに起きると何故かオトンが一人大橋巨泉のテレビなんか見ながら夜食食べている場に偶然出会う事が多く、俺はよく貰っていた・・・・・・

大抵はインスタントラーメンなんかだけど、その当時はオカンは子供の食べる物に厳しく、駄菓子屋の合成着色料入りのアイスキャンディーすら食べさせてもらえなかった。

友達が買い食いしているアイスキャンディーが羨ましかった・・・・・
俺は「8%(多分乳脂肪)」ってバニラしか食べてはいけなかったのだ。
いやらしいぐらい毒々しい色とりどりに彩られたアイスキャンディーをかじる友達の横で木のヘラですくって食うカップの純白のバニラは・・・・・・何故か寂しかった・・・・・・不良に憧れるひ弱な優等生気分とも言おうか・・・・・・

一度妹とこっそりアイスキャンディーを買って食っているところを見つかり逆鱗に触れ家から妹共々追い出された事もあったのだ・・・・・

その時は夜の公園のブランコで妹とベビースターラーメンを食いながら、このままこの公園でベビースターラーメンを食いながら生きていくのだろうかと絶望と広がる自由にさいなまれていた・・・・・・基本は能天気だったらしい・・・・・・

で・・・・・

飯の話だが・・・・・

ましてや具も入っていないインスタントラーメンなんて絶対食べさせてくれなかった・・・・・

オトンはそんな俺を不憫に思ったのか、そんな自分のラーメンを分けてくれた・・・・・

具も野菜も入れないインスタントラーメン・・・・・チマチマ栄養だの何だの言い訳御託なんざ無視したそれは正に「男のラーメン」だった・・・・・・
実に美味かった。

そうして俺の中では夜中こっそり食べる「夜食」こそ「男の食べ物」と認識されていったのだった。

過保護に規制された飯とは違う、野生の飯・・・・・一緒にラーメンすするオトンと対等の「男」になった気がした。



・・・・・・・・・

授業中・・・・


そして俺の番・・・・・・


俺が好きな飯・・・・・・



俺は迷わず

「夜食」と答えたっけ・・・・・

俺にとって素ラーメンも鯨ベーコンも夜食の王者だった。


新橋の飲み屋で友達と飲んだ時にその懐かしい鯨ベーコンがあった時は思わず頼んじゃったよ。

ところが一気に市場から消えた鯨肉・・・



そうなんだよなぁ〜
日本の捕鯨がいきなりバッシング受けて自粛モードになったんだよね〜

俺より上の世代は給食なんかでも鯨の竜田揚げなんかがあったらしいんで鯨への思い入れも大きいだろう。

土佐の藩主殿様山内容堂公は自らの藩で散々鯨取っていながら自らを「鯨海酔候」なんて称していた。

これもある意味思い入れの表れであろう・・・ちょっと変な愛情だけどね。


しかしまぁ〜近代捕鯨のキャッチボートとかの最新兵器捕鯨ならわかるのだが、昔江戸時代とかの鯨漁ってよくもまぁあんなでかい鯨仕留められたものだよねぇ〜

数隻のちっこい舟で随分シンプルな銛とかでさぁ〜

鯨っていくらでも逃げれそうじゃん〜
振りほどいてさぁ〜

海は自分のフィールドじゃん〜

本気で暴れたらジョーズの巨大鮫みたいにいくらでも転覆させられそうだよ・・・・・


実のところたくさんの猟師がこの鯨との死闘で海に引きずり込まれたりして犠牲になったに違いない・・・・・



近代装備無しで小舟と銛で取った「サシで勝負感」「タイマン張った感」がある捕鯨に限り認めるってのはどうかな?


ダメかなぁ〜・・・・・ダメだよねやっぱり・・・


動物愛護の人達って皆ベジタリアンなのかなぁ・・・・・



侍ジャイアンツの番場蛮があえて大きなジャイアンツを中からやっつけたいと豪語するシーンでいつも一度鯨に飲み込まれて銛を持った番場蛮がその鯨の腹を突き破って出てくるシーンが繰り返し使われていたけどあれも今やNGなのかしらん・・・・・




ただどうしても頭の悪い俺にはわからない事がある・・・

何故鯨イルカは捕って食べちゃいけないのだろうか?

だって牛豚鶏羊がガンガン殺して食べちゃうわけじゃん・・・・・
ハンバーグ、ステーキ、唐揚げ、チキンナゲット、フライドチキン、ソーセージ・・・

何故鯨とイルカはダメなの??

鯨イルカは可愛いから?

子牛のステーキとか子羊の丸焼きってのもあるけどあれだって可愛いよ〜

豚だって知能高いし・・・・・

その基準は何?線引きはどこ??

お隣の国は犬さえ食っちゃうと聞く・・・今はどうか知らないけどかつてはそうだった。

でも俺達日本人はそれ食うのやめろとは言わない・・・
だって人んちが何食おうが勝手なわけだ。

イギリス王室のキツネ狩りやらスペインの闘牛・・・
食うためってより遊技で動物を追い詰め殺す方がよっぽど残酷な気がする。

でもそれさえ言わないよ・・・その国の風習であり歴史なんだろうからさ・・・・・

こちらは鯨イルカを遊びで殺しているわけじゃない・・・食うため、生活のための資源なのだ。

日本人と鯨の歴史は長い・・・・・・中でも土佐は捕鯨と鰹漁が昔から盛んで絵画その他にも多くそんな躍動的な人々の暮らしが描かれている。

幕末に浦賀にフラッとやって来たペリー艦隊はインドの東インド会社経由で鯨を捕るため航海してたまたま立ち寄った。


自分らが散々食っておきながら、もう俺ら食わないからお前らも食うんじゃないぞぉ〜って変な話である。

やっぱり俺にはわからない・・・・・

どうしても捕鯨がダメってんなら日本人皆が納得出来る説明がほしいのだ。

なんでもクロマグロもダメだとか言われているじゃん〜何で日本人の食生活のみチャチャが入るのだろうか?


私ら後背位が好きだって夫婦に、いやそれはダメだ必ず正常位でしなさいって意見するのと一緒だよなぁ〜それって・・・・・



ヘルシーブームの昨今・・・・・


今度の新作ハンバーガーは「鯨カツバーガー」である。

鯨肉を使用した今度のバーガーは良質の脂でヘルシーらしい。



牛愛護反牛食団体考案メニューであり今後も鯨シリーズはメニューが増えそうだ。

草食べさせ、乳取って、皮剥いで、焼きごてで熱い焼き印捺して、ロデオだ何だと遊びで乗り回して挙げ句の果てに殺して食っちゃうなんてあまりに惨いと立ち上がった団体だ。

牛愛護反牛食団体「丑の酷」の会と過激団体フィールドシェパードはこれからもどんどん活動するらしい。

鯨カツバーガー・・・・・

ゲイカツバーガーGaycutletburger



中でもサンフランシスコとかのゲイ開放地区ではウケて爆発的に売り上げアップが見込まれている。

サブメニューのラスプーチンドックもウケそうである。



by glass-jaw-hopper | 2012-03-06 00:10 | その時歴史は動いたような気が | Trackback | Comments(0)